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ももいろクローバーZの「でも、やるんだよ!」/『幕が上がる』★★★

 もういきなり結論を述べるが、本年度ベスト級の大傑作なのでこんなレビューを読んでいる暇があったら今すぐ劇場に駆けつけてほしい。これまでの映画の感想でも「号泣した」と書いた映画はたくさんあれど、劇場で嗚咽をあげて泣いたことは中々ない。

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 平田オリザの同名小説を人気アイドルグループももいろクローバーZを主演にあの本広克行監督が映画化。正直に告白すると僕はこの時点で舐めきっていた。僕は中高時代は熱狂的な『踊る大捜査線』ファンだったけど、次々に作られていく劇場版シリーズの駄作っぷりや『UDON』『少林少女』『曲がれ!スプーン』などのトンデモ本広作品に心底信頼を失っていた。「『サマータイムマシン・ブルース面白い」とよく言われるけれど、それ裏を返せばサマータイムマシン・ブルース』しか面白い映画がないってことじゃねーかよ!

 

 だから僕は本作に期待は微塵も寄せていなくて、まあ好きなももクロの可愛い姿でも拝めれば万々歳かなーと、大変失礼な態度で臨んだわけだが、自らの不明を恥じねばなるまい。『幕が上がる』は「アイドル映画」という枠を遥かに越えた、2010年代を代表する青春映画と断言して構わないほどの傑作だったのだ。

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 『ウィンタータイムマシン・ブルース』*1いう舞台を演じ、地区大会予選に惨敗した富士ヶ丘高校の弱小演劇部。部員のさおり(百田夏菜子は「勝ちたい!」という思いこそあれど、いざ新部長に任命されても何をしたらいいのか全然分からない。そもそも彼女は親友のユッコ(玉井詩織の付き添いでなんとなく演劇部に入ったので、演劇の楽しさも見出せず、いつしか演劇部を辞めてしまいたいと思うようになる。そんな折、彼女は新任の美術教師吉岡先生(黒木華)と出会う。彼女の正体はなんと元学生演劇の女王だったのだ!吉岡先生の熱血指導のもと、さおりユッコやムードメイカーのがるる(高城れに、しっかり者の後輩明美ちゃん(佐々木彩夏、そして強豪校から何故か転校してきた中西さん(有安杏果らの部員とともに全国大会を目指す。

 

 僕は『桐島、部活やめるってよ』をオールタイムベスト級の青春映画だと思っているが、その『桐島』の脚本を書いた喜安浩平が本作の脚本も担当している。『桐島』はバレー部のエース桐島が部活を辞めたことにより生徒たちの間でアイデンティティクライシスが訪れるという内容であったが、「どうして部活をやるんだろう?」というのがテーマの一つであった。

 

 部活動は貴重な高校時代の多くの時間を費やすわけだが、全ての高校生の努力が報われるわけでは当然ない。地区大会から県大会に進めるのはほんの一握りで、さらにそこから全国に進めるのもほんの一握りで、優勝できる高校は一つだけ。『桐島』に登場するバレー部は桐島がいなくなったことで、そんな当たり前だけど果てしなく険しい道のりに改めて気付かされる。頑張っても頑張っても桐島の代わりになれないと気づく風介(大賀)が「この程度なんだよ俺は、この程度なんだよ!」と叫ぶシーンは何度見ても号泣を誘う。

 

 そんな葛藤から超越した人種が、前田(神木隆之介)含む映画部の連中だった。一見勝負事には無縁に思える彼らだが、実は映画甲子園に向けて「勝ちたい!」という欲はちゃんとあったりする。でも、菊池(東出昌大)が「将来はアカデミー賞ですか?」って呑気に聞くと、「それは、無いかな」とはっきり答える冷静さも兼ね揃えている。その答えに菊池は最初驚くのだが、前田は勝ち負け以前に好きだから部活に一生懸命打ち込んでいるのだ。その単純すぎる理由に気づけなかった菊池はまた前田と比べて空虚な自分に気づき、思わず涙を浮かべてしまう。

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 端的に言ってしまえば、『幕が上がる』はさおりバレー部から映画部になるまでの物語だ。さおりは部長に任命された当初、イヤでイヤで仕方がなかった。新入部員勧誘会で初めて演出したシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』は誰も見向きもしない凄惨たる結果で、既に投げ出してしまいたかった。かといって、他にやりたいこともないし、将来やりたいこともない。今の自分がよくわからないし、漠然とした不安を抱えている。「よくわからない感情を言葉や絵で表現出来るからこそ作家や画家は天才なんです」という声が素敵な国語の先生の言葉にイラついたりする。

 

 しかし、カリスマの吉岡先生と出会ったことで初めて目標ができる。吉岡先生は聞く。

「どこまで行きたい?私の目から見て、今のままでも地区予選は勝てる見込みはあると思う。だけど問題はその先。仮に県大会、ブロック大会に進んでいったとして、受験や進路に大きな影響を与えることは免れない。もしもこの先本気で勝ちに行くなら、きっと楽しいだけじゃ済まされない。はっきりいって、あなたたちの人生を狂わせてしまうことになるかもしれないし、私はその責任を持てない。その覚悟はある?」

演劇の世界を知る吉岡先生だからこその厳しい言葉に思わず戸惑うさおりたち。しかも、なんとブロック大会を突破しても全国に行けるのは来年の夏であり、いくら頑張ったところで3年の彼女たちは全国に行けない!だが先生は言葉を続ける。

「でも、私は行きたいです。君たちと、全国に。行こうよ、全国!

その言葉を聞いて、覚悟を決めた彼女たちは先生と笑う。初めて演劇と向き合い、その楽しさをかみしめるさおり。

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 ただ、やはり現実はそう甘くはない。いつしか彼女たちは壁にぶつかってしまい、今一度演劇への姿勢が問われる。ちなみに演出を任されたさおりが選んだ題目は宮沢賢治の『銀河鉄道の夜であり、映画の中で「宇宙」という単語が何度も出てくる。宮沢賢治は当時の宇宙理論に精通していたらしいが、宇宙は今こうしている間にもどんどん拡張している。銀河鉄道の切符を手に入れても先は全然見えない。そんな広大な宇宙の中でちっぽけな人間が、それも女子高生が演劇なんかに打ち込んでもなんになるんだろう?強豪校から逃げ出してきた辛い過去を持つ中西さんは泣く。「宇宙で、あたしたちは孤独なんだよ?

 

 でも、今ここでやめる理由なんかないことにも彼女たちは気づく。ここまで来たということは、戻る道もない。部活は確かに残酷で厳しい。同時に何かに夢中になれることは美しい。「勝ちたい!」というスタートラインから始まったはずであったが、もはや単純な勝ち負けからは超越した場所に彼女たちはいた。最初は彼女たちの指針となっていた吉岡先生も、成長した彼女たちからいつしか影響を受け始める。キャッチコピー通り、彼女たちは舞台の上でならどこまでも行ける。でも、やるんだよ!それがあたしたちだ!

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 『幕が上がる』はこのように青春映画の新たな金字塔と呼ぶに相応しい作品だが、実はアイドル映画としても完璧だ。何より、平田オリザの原作小説の設定が恐ろしいまでに現実のももいろクローバーZとリンクしていて、一種のメタ的な構造を作り上げている。それは五人のキャラ設定ってだけでなくて、例えばファンの間では夏菜×しおりん異常な仲の良さは有名であるが、劇中でもユッコさおりのベッドに潜るシーンがあったりしてドギマギしてしまう。それどころか、有安杏果を転校生役に配役したことで演劇部内でちょっと浮いている設定にしており、これは一般に言われている有安杏果ぼっち説を彷彿とさせるものでそんなことまで描いちゃっていいの!?と驚いてしまった。*2

 

 こうした原作に恵まれたこともあり、本広監督はももいろクローバーZの「今」を切り取ることに成功している。*3彼女たちの輝きはスクリーン越しでも見ていて眩しいくらいだ。演劇に打ち込む姿はまさにアイドルのももクロたちが演技に打ち込んでいる姿と重なっていて、彼女たちが演劇に真摯に向き合う姿勢はモモノフでなくても元演劇部でなくても、高校時代にしろ大学時代にしろ社会人になってからにしろ、何かに燃えた体験がある人は号泣すること間違い無し!

 

 ももクロたちの「今」とアイドルとしての次の幕が上がる瞬間を観れるこの作品、劇場でこそ観る価値のある作品なので、お見逃しなく!

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ももいろクローバーZの青春映画!『幕が上がる』予告編 - YouTube

 

幕が上がる (講談社文庫)

幕が上がる (講談社文庫)

 

 

*1:本広作品といえば、こういった過去作品とのリンクネタが多く、それがまたあまりいい印象を抱けないのだが、今回はそういったネタは控えめでよかったです。

*2:また、有安杏果の滑舌の悪さは正直映画として見るには酷いものがあり、「これはちょっとねーな…」と思っていたところ、中盤で有安が「ほら、私滑舌悪いじゃないですか」と語り出し、中西さんのドラマの葛藤として組み込んでいるのは椅子から転げ落ちそうになるくらい脱帽した。まさに一寸の隙も無い映画である!!

*3:ちなみに本作は演劇をテーマにしているが、本広監督の演出も映画よりも演劇よりで面白かった。照明の当て方もスポットで舞台照明みたいだったし、画作りもまるで観客席から舞台をみているかのような水平的なカットも多かった。