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理性と性と人間性と23世紀。/『イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密』★★☆

映画 感想

 『イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密』を鑑賞。イギリスの数学者アラン・チューニングが第二次世界大戦中にドイツ軍の暗号「エニグマ」を解読した実話を元に、ノルウェー出身のモルテン・ティルドゥム監督が映画化。今をときめくベネディクト・カンバーバッチを主演に迎え、キーラ・ナイトレイマーク・ストロングらイギリス人キャストを中心に脇を固めている。

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 1951年数学者アラン・チューニングベネディクト・カンバーバッチ)の家宅が荒らされノック刑事(ロリー・キニア)が訪れるも、チューニングは捜査に協力の姿勢を示さない。これを怪しんだノック刑事はチューニングの経歴を取り寄せたが戦時中の記録が一切残されていなかった。ソ連のスパイかと刑事たちが疑う一方で、チューニングはブレッチリー・パークでエニグマ解読に当たっていた日々を思い出すのであった。
 
 いきなり関係ない話題で恐縮だが、最近『宇宙大作戦』にハマっている。*1よく言われることだが、『宇宙大作戦』もとい『スタートレック』シリーズの顕著な特徴は徹底した理性主義だ。このシリーズが始まった1966年のアメリカは白人至上主義で男性主導の社会であった。そんな時代に黒人女性であるウフーラ(ニシェル・ニコルズ)や日系人のヒカル・スールー(ジョージ・タケイ)をテレビ番組のレギュラー、しかも宇宙戦艦の司令官に迎えたことは前代未聞事だったが、創始者ジーン・ロッテンベリーに言わせれば「23世紀にもなって差別が残っているはずがない!」とのことだった。広がる宇宙に目を向けた23世紀の社会は理性と科学を重んじる先進的な世界だった。
 
 その『スタートレック』の理性主義を象徴するキャラクターがレナード・ニモイが演じたスポックだ。スポックはバルカン人と地球人のハーフであるため耳がとんがっているが、それ以上にバルカン人は何よりも論理を重視する。首の根元を摘むだけで相手を気絶させるバルカンピンチや触れた相手の意思を組むことができるテレパシーを持つなど、地球人には到底敵わない力の持ち主である一方で、感情のコントロールに長けているため自制心が強く、何事にも論理的思考を最優先するため暴力を好まない。カーク船長(ウィリアム・シャトナー)やマッコイ(デフォレスト・ケリー)が冗談や皮肉を言うと「その発言は非論理的です。」と冷静に返すのがシリーズのお約束だ。

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 ちなみにカンバーバッチは『スタートレック イントゥ・ダークネス』でシリーズでも一、二を争う人気悪役カーンを演じたのだが、話は戻ってそのカンバーバッチの『イミテーション・ゲーム』。この映画におけるアラン・チューニングもスポックと同じく徹底的に理性を重んじる人物として描かれる。感情よりも論理を重視し、ジョークも通じないし他人の気持ちに疎い*2。チームの長官になった瞬間使えないメンバー二人を即刻クビ!って場面は躊躇のなさに笑ってしまった。
 
 知性や理性を重んじる人間にとって性差は意味を為さない。チューニングは解雇したメンバーの代わりを雇うために新聞広告にクロスワードパズルを出し、これを解けた人に採用試験を受けさせる。そこへジョーン(キーラ・ナイトレイ)が試験を受けに現れると門番が「秘書の採用は違う部屋だぞ!」と彼女を追い出そうとする。要はハナから女性に問題が解けるとは思っておらず、当時イギリスに蔓延していた男尊女卑の風潮を色濃く反映している。しかし、明晰な頭脳の持ち主のジョーンは数多の男性たちを跳ね除けて結果的に最優秀の成績を残す。*3チューニングが重視しているのはあくまで知性であり、女性だからという理由で排除するのは全く非論理的で愚の骨頂だ。チューニングのチームはエンタープライズ号のように女性を迎えることになる。

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※以下ネタバレを含みます。既に鑑賞後された方、または史実なので気にならない、という方はお読みください。
 
 ところが、いくらチューニングが理性を重んじようと、当時のイギリスは23世紀のように洗練された社会ではない。せっかくジョーンが採用されても彼女の親がそれを是と思っておらず、「男と女が同じ職場で働くなんて!」と(現代の視点から見ると)くだらないことを言う。実際にジョーンはチューニングたちがいる解析部ではなくその隣接した工場で昼に勤務し、夜はチューニングが書類を持ち込んで忍びながら解読する。
 
 それどころか、既に邦題の副題がほのめかしているが、中盤で実はチューニング自身が同性愛者であったことが分かりこれが一つのサスペンスを生む。というのも、当時のイギリスには同性愛者を取り締まる法律があり、同性愛が発覚すれば即刑務所行きだからだ。元々幼少時代の苦すぎる失恋を経験したこともあってチューニングは並ならない葛藤と苦悩を抱える。
 
 しかし、同性愛者のチューニングに理解を示すのもまた理性を重んじるジョーンであった。むしろ婚約者のチューニングが自らの性癖を告白してもジョーンは「だからなに?」と言わんばかりにあっけらかんとしていた。戦争が終わってジョーンは別人と結婚しても、去勢用ホルモン剤を注入されたチューニングの力になろうとするのだ。結局、チューニングは彼女の助けを拒んでホルモン投与の結果数ヶ月後に亡くなったことがテロップで最後に表示された。もし彼らが生まれた時代がもう少し遅ければ…。

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 ところで、表題となっている「イミテーション・ゲーム」は劇中のセリフによると対象が機械か人間であるか判別するための質問ゲームだ。チューニングとジョーンは機械のように理性や論理を重んじる。時に問題解決の手段として冷酷な手段を選ぶ彼らは非道だと批判される。しかし同性愛だから、女性だからといって彼らの権利を奪おうとする21世紀の現代にも潜む野蛮な連中より、理性主義を掲げていた方がよっぽど人間的だと僕は思うし、世界を変える力を持つのはそういった人たちだ。

*1:最近いつもこの話ですみません!

*2:映画内ではアスペルガー症候群を仄めかしており、実際アラン・チューニングはアスペルガー症候群の特徴を持っていたらしい

*3:ちなみに話は脱線するが、世の中にはこのような実力主義や競争を非難する向きがあるが、僕は履歴書の写り具合から判断したり、大喜利のような面接で人の人生を左右するどこぞの国の就活模様なんかよりはずっと理にかなっていると思う。黒人だろうが女性だろうがブスあろうが性格が暗かろうが、試験結果という客観的データの前では無意味であり、この方が合理的かつ平等に人選できるからだ。僕がこのシーンが好きなのはある意味で理性主義を象徴しているシーンだからだ。