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ジャスティスとアイロニー

 Macも5年経てば、お爺ちゃんか…。パソコンが不調で動かないので、今日見た考えさせられた動画のリンクを貼っておきます。(後で埋め込みにします)埋め込みました(4/22)

 
 印象的だったのはホワイトハンズの代表の坂本さんの話の中に出てくるダウン症の息子を持つ母親の話で、息子のことを「天使」と思っていて、性欲は一切無いと言い切ってしまう。ところが当然障害者だって人間だし、それぞれ欲望を持っており、いろんな個性を持った人間がいる。それを押し殺してしまうのは健常者のエゴに他ならない。だから僕は障害者を絶対的神聖さを持つものとして画一的に描く24時間テレビが大嫌いなのだ。
 
 こういった話をするとき、僕が必ず引き合いに出すのはファレリー兄弟のコメディだ。ファレリー兄弟の映画は過激な下ネタや登場人物たちの常軌を逸したバカさが見所だが、もう一つの特徴として必ずハンディキャップを背負ったキャラクターが出てくる。そしてそういった障害者のキャラクターたちは必ず皆意地が悪く、欲望に塗れている。ファレリー兄弟の作品は「良識的な」人たちに批判されている。しかし、皮肉なことに当の障害者たちは大喜びでファレリー兄弟の作風を受け入れているのだ。
 
 ファレリー兄弟は何も障害者を蔑もうと思って彼らを出しているのでは無い。ファレリー兄弟が障害者を出す契機となったのは、事故により四肢麻痺になった友人だ。ファレリー兄弟が監督デビューした『ジム・キャリーはMr.ダマー』の試写会にその友人を招待して感想を求めたらその友人は不満げに答えたという。「どうしてこの映画には障害者が誰も出てこないの?日常にはもっと障害者がいるだろう」友人の言葉に衝撃を受けたファレリー兄弟は、無意識に障害者を排除してしまっている自らの欺瞞に気付いてしまった。
 
 それからはその友人を次の映画に出演させるなど、必ず障害者を起用するようになったファレリー兄弟だったが、さらにその友人は「障害者を天使のようい扱うのはやめてくれ、僕らは人間なんだ、良い奴だって悪い奴だっているんだ」だと指摘した。そのために、ファレリー兄弟の映画には障害者を使った強烈なギャグが多い。彼らは差別を増長するのではなく、ギャグにより障害者と健常者の壁を取っ払おうとしており、その姿勢が障害者たちから受け入れられているのだ。
 
 この話は熊本の大震災にも通ずるものがある。芸能人がブログやツイッターで何かを書く度に「不謹慎」だと騒がれて炎上するが、一体そのコメントのどれくらいが被災地からのものなんだろうか?このようなネットで正義感を振りかざす人々はソーシャルジャスティスウォーリアーと呼ばれ、『グリーン・インフェルノ』では食人族の餌食となったのである。 
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