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アメリカでの魔法界/『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』★★☆

感想 映画

 『ハリー・ポッター』シリーズのスピンオフ『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』を鑑賞。監督は前シリーズ『不死鳥の騎士団』以降4作品を手がけたデヴィッド・イェーツ、製作・脚本・原作・原案にJKローリング、音楽はジェームズ・ニュートン・ハワード。キャストは一新されてエディ・レッドメインを主役に、キャサリー・ウォーターストーン、ダン・フォグラー、アリソン・スドル、コリン・ファレルロン・パールマンらが脇を固める。

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 1926年、ニューヨークの地に『幻の動物とその生息地』 の著者ニュート・スキャマンダー(エディ・レッドメイン)が降り立つ。彼の手にはいつも数々の魔法生物を収納した魔法のトランクが掲げられていた。また、第一次世界大戦からの退役軍人ジェイコブ・コワルフスキー(ダン・フォグラー)は念願の夢であったパン屋を開くことを夢見ていたが、ひょんなことから彼のトランクとニュートのトランクが入れ替わってしまい、ニューヨークの街を騒動に巻き込んで行く。一方その頃、魔法使いや魔女の存在とその根絶を説く新セイレム救世軍を率いるマグル メリー・ルー・ベアボーンサマンサ・モートン)が街頭演説で魔法の危険性を訴えいたのであった。

 

 いわゆる原作厨と言われてしまうとちょっともどかしいが、『ハリー・ポッター』の映画版シリーズは脚色するにあたり、どれも原作を整理整頓しきれていない気がしてあまり好きではなかった。しかし、一度原作からのしがらみを離れて*1原作者J・K・ローリング自らによるオリジナルストーリーとなった本作はこれまでよりもスッキリしていてユーモアもあって面白かった。(ブツブツで雑な編集や、題材に反してあまり怪獣映画してなかったという不満はなきにしもあらず。)

 

 今回一番僕の関心を引いたのは、魔法界とマグル(本作ではノー・マジと呼ばれる)のあり方であった。人間界と魔法界の確執は原作や前シリーズにも登場したが、本作での描かれ方はこれまでと少し毛色が違う。というのも、アメリカが舞台になっているからだ。

 

 1926年のアメリカ合衆国魔法議会にはラパポート法*2が施行されており、この法律は魔法界の秩序を守るために魔法使いとノー・マジの接触を全面的に禁じるものだ。この法律により魔法使いはノー・マジとは友達になることも結婚することも許されない。明らかにこれは人種隔離政策のメタファーであり、特にアメリカ南部諸州で行われていたジム・クロウ法を連想させる。

 

 1920年代のアメリカでは人間とマグルの交流は禁じられ、現実世界でもひどい黒人差別が行われていた。さて、公民権運動から52年経った現代ではどうだろうか。『ファンタスティック・ビースト』が今年公開されたのは何もたまたまではなく『ズートピア*3と『スター・トレック BEYOND』*4に連なる多様性を失いつつある現代のアメリカへのハリウッドからの警鐘なのだ。なお、本作に登場するアメリカ合衆国魔法議会の大統領は黒人女性であるが、製作時は現在の大統領が誰になるかは予想もしていなかったであろう。

 

 舞台がアメリカになって面白いことはもう一つある。ゴブリンがブルックリン訛りで喋ることだよ!

 

 

*1:一応、原作の副読本である『幻の動物とその生息地』が元となっている。

幻の動物とその生息地(静山社ペガサス文庫) (ハリー・ポッター)

幻の動物とその生息地(静山社ペガサス文庫) (ハリー・ポッター)

 

*2:詳しくはこちら。

*3:

*4: