高橋ヨシキ『暗黒ディズニー入門』を読んだ。

  • 春休みだったので久々に本を一冊読んだ。超楽しみにしていた高橋ヨシキの『暗黒ディズニー入門』だ。
    暗黒ディズニー入門 (コア新書)
     

     

  • 何度この前置きをしたか分からないが、恥ずかしながら僕はほとんど読書をしない人間である。しかし、高橋ヨシキの知的好奇心を煽る語り口がとにかく素晴らしく、2日ほどで1冊読み終えてしまった。ちなみに本書のボリュームはあとがきまで含めて254ページほど。
  • 思い出すのは3年ほど前に高橋ヨシキ主催のオフ会・東雲会に参加した時。映画秘宝系の観客・ゲストが多く、当時大ヒットしていた『アナと雪の女王』が槍玉に上がったのだが、話を振られた際ヨシキさんは映画の内容を揶揄するよりもヨシキさんが観た劇場の寂れ具合にさりげなく話題をシフトしていたのが印象的だった。悪魔主義者やホラー映画評論家といった肩書きで隠れがちだが、高橋ヨシキはディズニーが大好きなのだ。
  • 数ある映画会社の中でもディズニーほど企業イメージがはっきりしている会社はない。作品は徹底してクリーンでポジティブであるが、一方でその資本主義的なあり方を批判する向きもある。何故この相反する反応が起こりうるのか、「ディズニー」という言葉が呼び起こすイメージを徹底的に解明するのがこの本である。
  • 巷に溢れるディズニー本のように単なるトリビアの羅列では終わらず、本書は『ダンボ』『メリーポピンズ』で映画の虜となった高橋ヨシキが、ディズニーの「夢を叶える力」すなわち「魔術」を宗教・歴史・差別・芸術・製作工程・ウォルトの思想・アトラクションなどから多角的に読み解いていく。どの分野にも広く深いその教養力には驚かされるばかりだ。
  • 目からウロコをボロボロ落としながら読み進めていたが、個人的に白眉であったのは第5章『トゥモローランド』の批評。数多くの評論家が『トゥモローランド』を監督であるブラッド・バートの経歴と結びつけてそのエリーティズムを批判したが、高橋ヨシキはそもそもウォルト・ディズニーに「確固たる未来のビジョン」が欠け初期のトゥモローランド運用に苦戦を強いられたことと結びつけ、映画『トゥモローランド』が孕むグロテスクさを指摘する。
  • また、高橋ヨシキが昨年ベスト1に掲げていた『ジャングルブック』を解説・批評した第7章では、映画の原点はおろか、人間が知覚する「現実」と「幻想」、「リアル」と「ディフォルメ」の垣根にまで言及することでディズニーのコンテンツが持つ魅力を浮き彫りにする。これからのディズニー作品の見方すら変わる名章だ。
  • 全編にわたって知性あふれる文章で綴られているが、高橋ヨシキがラジオでも大好きだと公言している『ダンボ』について書かれた第3章では、時折思わず感情が噴出してしまっているのが大変微笑ましい。
    「Dumbo ダンボ」は、英語の「Dumb」にジャンボの語尾「o」をつけた、悪意に満ちたあだ名です。(中略)生まれたばかりの赤ちゃんを「うすのろ太郎」呼ばわりするとは、何というひどい連中でしょうか。書いていて涙が出てきました。意地悪なおばあさんゾウたちが憎い。 
  •  語彙力がないあまり、本書の素晴らしさを伝えきれないのが歯がゆい。とにもかくにもふわっと抱いていたディズニー観が覆されることは間違いないので、ディズニー好きはおろか、アンチディズニーにこそ読んでほしい必読書だ。