僕のダンケルク体験

 先週末出張でアップステイトのとある山村にいた*1。新人たる僕の主な仕事は日本からの仕事先の人への通訳/ガイド/ドライバーだ。色々あった出張だったが、無事に終わり残った仕事は日本からのクルーを空港に送り届けるのみとなった。

 

 日本からのクライアントは隣のバーモント州バーリントン空港からシカゴを経由して帰国予定だった。朝6:30のフライトであったので4:30には空港に着いていないといけない。更に出張先から空港までは車で2時間半かかるので、朝2:00にはホテルを出ないといけないため、実質徹夜であった。

 

 早朝。レッドブルで眠い体を騙し、クライアントの皆様を後ろに乗せ慣れない12人乗りバンを運転する。出発してすぐ、モニターに給油のマークが出た。「申し訳ありません、ガソリンスタンドに寄らせていただきます」なんて後ろを振り返っても、ガーガーいびきが聞こえてくるのみだった。

 

 ひとまずホテルから一番近いガソリンスタンドに寄ったが、電気がついていない。それでも給油機は動くだろうとカードを通しても、キャッシャーを呼んでくださいと表記されるのみ。キャッシャーったって、誰もいないじゃん…。ここで格闘しても意味がないので、次のガソリンスタンドに寄る。やはり電気はついていない。試しにカードをスワイプしても動かない。次のガソリンスタンドへ。またも電気がついていない。次のスタンドへ。こちらも動かない。次…。

 

 どうやら山中の田舎であるため、夜中はガソリンスタンドが動いていないらしい。グーグル先生にお聞きしても町中のどのガソリンスタンドも「営業時間外」とお教えなさる。ここでようやく焦り始める。空港までの山道にガソリンスタンドは無いだろうか…。一件15マイル先にあるのを見つける。チラッとモニターを見ると、バンのタンクには13マイル分のガスしか残されてないという。散々迷った挙句検診する。行くしかねぇ…!!

 

 次のガソリンスタンドまで14マイル、13マイル…と距離が短くなってくるたびに、当然タンクのガスも13マイル分、12マイル分と減って行く。しかも山道であるためアクセルを踏み込まねばならず、距離に比べてガスの減りが早い。どんどんガスが減って行くメーターを見つめる僕は、さながらダンケルク撤退作戦へと向かうトム・ハーディーの気分であった。 

 

 残り4マイルに差し掛かった時、ついにガスが切れた。目の前が真っ暗になる前に道が下り坂になっていることに気がついた。まだ終わっちゃいねぇ!ギアをDからNに変え、重力と慣性のみで坂道を下って行く。誰がなんと言おうと、この時の僕はダンケルクの空を滑空するトム・ハーディである。もちろん頭の中では「チクタクチクタク」とハンス・ジマーの低音が鳴り響いている。

 

 心臓が高鳴り、冷や汗を大量にかいたが、ガスなしでなんとかガソリンスタンドに辿り着いた。勝った、俺は勝ったんだ!震える手でクレジットカードを給油機に通す。

 

『キャッシャーを呼んでください』

 

 併設されているコンビニの方を振り返る。真っ暗である。スマホを見ると圏外だ。さっきとは別の意味で震えながらクレジットカードをスワイプし続ける。「キャッシャーを呼んでください」「キャッシャーを呼んでください」…。ふと後部座席を見るとクライアント達が幸せそうに眠っている。気分は砂浜でドイツ軍に囲まれたトム・ハーディである。

 

 ガソリンスタンドの周りにある住居や消防署を走り回り、窓が割れん勢いでガンガン叩き続ける。誰も出てこない。遠くから車が走る音が聞こえたので路側帯に出る。「ヘエェェェルプ、プリィィィィィィズ、ヘェェェルプミィィィ!!!」腕が千切れんばかりに車にアピールをするが、車は僕を見た瞬間にブオオオオオオと加速して通り過ぎて行った。

 

 凹みかけた時、また遠くから一筋の光が走ってくるのが見えた。今一度手を振りながら叫んだが、またもや車は加速して走り去るのみであった。この時、人間は絶望すると本当に四つん這いになって項垂れることを初めて知った。

 

 手につけた地面から、またタイヤの振動が伝わってくる。涙目になりながら立ち上がると、車が走ってくるのが見える。これしかないー。車は僕を通過したが、叫びながらテールランプを追っかける。すると徐々に車はスピードを緩め、遠くの方でUターンをするのが見えた。窓を開けて初老の運転手が「どうしたんだい?」と聞いてきて、無神教の僕は生まれて初めて「Thank God...」と震え声で呟いた。

 

 事情を聞いた運転手は1マイル離れた自宅から5ガロン分のガソリンを取ってきてくれた。20ドルの現金をその場で渡し、映画に出てくるような赤いポリタンクからガソリンを給油口に注いだ。トム・ハーディにはこんなシーンは無かった。

 

 なんとかガス欠から奇跡的に生き延びたが、予定からは1時間も遅れていた*2。ああ、やばい、怒られる…と思ったら、先に出発した別車両よりも先に空港に着いたのであった。なんでだよ!

 

 

 

*1: 

*2:時速45マイルの山道を平気で80マイルで爆走していたが、今にして思えばよく事故らなかったと思う