1000記事目突破記念〜当ブログの歴史を振り返る〜

 今日を持ってはてなブログに移行してからの記事数が記念すべき1000記事を突破した。365日毎日記事を更新するようになったのは2016年からだが、この1000記事の中には「今日は疲れたので休みます」だとか「寝落ちしました」だとか数に入れていいのかも分からない酷い記事も少なからずある。しかし、1000はひとまず大きなマイルストーンと言っていいだろう。なので今日は自分のブログの歴史を振り返っていきたい。

ジオシティーズ時代

 僕と中学・高校時代から付き合いのある人は知っているだろうが、このブログには前身がある。恥ずかしいからここにはリンクを載せないが、「尾も白いの探して。」というジオシティーズに開設されたホームページである。

 

 更に言えばそのホームページもリニューアルを繰り返して生まれたものであって、元々は小学校卒業間近に友達からHTMLの知識を教えてもらって拙いテキスト能力で作った「>° ))))><たいやきのページ>°))))><」がそもそもの始まりである。本当は小学校を卒業するちょい前くらいからやっていた気もしないでもないが、少なくとも15年以上はネットに何かしらの痕跡を残し続けたことになる。これはよくよく考えると末恐ろしいと同時に、何をしても三日坊主の自分がよくここまで続けられたものだとあきれましてしまう。

 

SWファンサイト時代

 ホームページ開設当初はただ掲示板とキリ番しかない至極シンプルなウェブサイトであったが、コンテンツを載せたくなり大好きな『スター・ウォーズ』のファンページを作ることにした。といってもコンテンツのほとんどは当時入り浸っていた『スター・ウォーズの鉄人!』という最大手SWファンサイトからの流用であった。

 

 余談ではあるが、「なぜHNがたいやきなの?」とよく聞かれるが、このファンサイトの掲示板を使用していた時のHNがTaiyakiだったのだ。その由来は『スター・ウォーズ』のテーマ曲に子門真人が歌詞をつけて歌っていたからだ。

 

 さらにどうでもいいことを書くと、当時僕はネットを覚えたばかりの小・中学生でリテラシーもクソも知らず、「鉄人」の掲示板で自作自演をやらかして燃えに燃えた。死ぬほどいろんな人に叩かれたので多分当時「鉄人」の常連だった人には覚えている人もいるかもしれない。実際そんな話を大学の時にしたら「ああ、あれお前だったのか!」とサークルの先輩に驚かれたことがあった。世間は狭いし、黒歴史は消えないことを学んだ。

 

映画感想の始まり

 中学3年・高校生になるとだいぶ落ち着きを得る一方で、僕のサイトは時に『パイレーツ・オブ・カリビアン』のファンサイトだったり恐竜図鑑だったり何がやりたいのか見出せず明らかに迷走していた。一方で僕のHPの掲示板は実際に学校で仲のいい友達の溜まり場となっていた。前にも書いた*1が、女友達がその子の嫌いな女の子の前略プロフだかブログだかなんだかを貼って悪口書いて大ゲンカに発展したこともあった。あの時は大人気なく喧嘩したけど、今考えるとうちのサイトは完全なる学校裏サイトとして機能してしまっていたので、全面的にこっちが悪くて申し訳ない気持ちでいっぱいである。

 

 そして映画好きに芽生え始めていたのもこの頃で、いつも見た映画の感想を手元に残していた。段々mixiが流行りだして悪口なんかを下記にわざわざ僕のサイトに来る人もいなくなった頃、その映画の感想をホームページに移したことがきっかけで、僕のサイトは映画の感想サイトして再出発を始めることになる。

 

 ちなみにこの記事を書くためにこの頃書いた映画の感想を読んでみたが、まあ酷いもんである。別に今大層なものを書けているつもりも全くありませんが、それにしたって何も知らないのに上から目線で書く癖が今よりも悪目立ちしてて赤面してしまう。でもなんとなく消せないんだよね…。

 

「尾も白いの探して。」時代

 2年間の大学受験ですっかり映画からもネットからも離れ、雑草が生い茂るくらいホームページも放置していたが、東日本大震災の影響で2ヶ月近く伸びた春休みに僕は今でも影響を受け続けている人たちに遭遇する。映画ブロガーの破壊屋ギッチョ氏と町山智浩氏である。破壊屋のフォントを活用したテキストの面白さ、町山先生の豊富な知識に裏打ちされた映画評には衝撃を受けたし、二人の映画評は評そのものが作品であった。

 

 二人にインスパイアされた僕はすぐに映画の感想を再開し、Twitterでも短評を乗せるようになる。ホームページも「尾も白いの探して。」というクソダサいサイト名で仕切り直した。

 

 「映画秘宝」読者になったのもこの頃で、柳下毅一郎氏、宇多丸氏、高橋ヨシキ氏などの秘宝系映画評にハマるようになるのも時間の問題だった。柳下氏に至っては大学1年の時に1学期間講義すら受けたのは思い出深い。ただ、この「尾も白いの探して。」を始めた頃の映画感想も実に破壊屋とかファビュラス・バーカー・ボーイズの影響をもろに受けてて恥ずかしい。というか、基本的に過去に書いた映画評は全て恥ずかしい。

 

 

 そういえば、この当時映画の感想以外に書いていたコーナーがありまして、「今週の松川さん」という『鏡の国の針栖川』に登場する松川さんというキャラクターをひたすら愛でるという気持ち悪い連載を続けていました。

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 ああ、松川さん可愛いよ、ああ…はっ!いかんいかん

 

「新:尾も白いの探して。」時代

 大学2年の終わり、ジオシティーズから憧れのはてなに引っ越した。理由は単純にHTMLの更新がめんどくさかったからである。というか引っ越してからも5年が経っているのか…。実に大学を卒業する前までこのクソダサいサイト名で活動していたのは今でも信じがたい。

 

 はてなに移ってからの変化はやはり何と言ってもアクセス数が集めやすいことに尽きる。しかも当時はマメにその月に観た映画の感想を全て書いていたので検索からのアクセスも集めやすかった。今やとても考えられない。

 

 また、ブログという媒体も更新のしやすいフォーマットであるため、映画の感想以外の記事も積極的に書き初めていった。

 

現在「SUPERBAD-ASS」時代

 アメリカに留学に行くことが決まり、人生の節目でもあるのでこのブログも再びリニューアルしようと考えた。まず変えようと思ったのはクソダサいタイトルからで、考えた結果僕のオールタイムベスト『スーパーバッド』と『キック・アス』をかけて「SUPERBAD-ASS」となった。両作品共クリストファー・ミンツ=プラッセが出ているという共通点もある。リニューアルに合わせて僕の友人にかっちょいいロゴも作ってもらった。

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 アメリカ渡って当初は「Taiyaki生きてます通信」などを時たま伝えてほそぼそと更新していたが、2015年末にベストテンを発表してその流れで2016年も更新が続き、その勢いのまま今に至るまで毎日更新が続いて現在に至る。

 

僕にとってブログを書くとはなんなのか。

 こうして15年に渡る僕とホームページ/ブログの歴史を振り返ってきたが、最近時々自分がなんのためにブログを書いているのかがわからなくなる。長けば長く続けるほどデジタルタトゥーがネットの海に残って行くだけで、今だって午前3:00を回ってしまったが睡眠時間を削ってまで毎日ブログを書いている。別にそこまで大した数の閲覧数があるわけでもないが、何故か毎日記事を更新することが義務付けられてしまった。自分がもはや誰と戦っているのかもわからず、ぶっちゃけもう止めちゃおうかと思う時もあった。

 

 しかし、大した数の閲覧数ではないけれども、それでも例えば記事に誰かがスターをくれたり、Facebook上でいいね!をしてくれたり、Twitterでシェアをしてくれる人を見かける。そういった瞬間だけ自己承認欲求が限りなく満たされるし、少なからず観てくれている方々がいるお陰で現在まで続いているのである。本当にこんなブログなんかに皆さん時間を割いてくださって感謝以外何もない。これが誰のためになるのか、自分の人生にとって何の意味があるのかはわからない。でもその何の意味があるか分からないけど続けて行く覚悟こそが「でも、やるんだよ!」ってやつなんじゃないんですかね。っと無理やり1000記事目を片付けたので今日はもう寝ます。

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