「分からない」から怖い/『Us』★★☆

 『ゲット・アウト』で鮮烈デビューを飾ったジョーダン・ピールの新作ホラー『Us』を二日続けて鑑賞。ジョーダン・ピールが自ら脚本・プロデュース・監督を務め、『ゲット・アウト』から引き続きジェイソン・ブラムのブラムハウスがプロダクションを務める。音楽はマイケル・アベルズで、ルーニーズの「I Got 5 On It」が象徴的に使われる。主演はルピタ・ニョンゴ、共演にウィンストン・デューク、ケイト・モス、ティム・ハイデッガーら。

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  映画秘宝の2012年映画ベスト&ワーストの時、賛否が割れた『プロメテウス』に対する評でガース柳下は次のように述べていた。

スプラッターやホラー好きの人ならアリなの。極論だけど、ホラーに理屈はいらないから。怖くてビックリすればいい。でも、SF好きには筋が通ってないとだめじゃん?『プロメテウス』って最初から最後まで何の理屈も通ってないから

 まさに言い得て妙な指摘だ。僕は『プロメテウス』も続編の『エイリアン:コヴェナント』*1も否定派であるが、何にガッカリさせられたかって『エイリアン』の前日譚を描いてしまうことで、あれほど不気味で恐ろしかった『エイリアン』の神秘性も台無しにさせられているような気がしたのだ。キューブリックが言うように「説明は魔術を殺す」のだ。

 

 さて、ホラー映画『Us』がアメリカで大ヒットを飛ばしている。コメディアンであるジョーダン・ピールのデビュー作『ゲット・アウト』も低予算ホラーの割には高い興行成績を誇り、その年のアカデミー賞脚本賞まで獲ってしまったのだから、『Us』への期待値も相当高かったのも頷ける。

 

 ところが、実際に『Us』が公開されるとアメリカの観客は大変に悩まされた。一体どういう話なのかが分からないのだ。誤解なきように言うと、粗筋だけ追うと簡単だ。バカンスを楽しんでいるウィルソン一家の元に、自分たちとそっくり瓜二つ(ドッペルゲンガー)の家族が現れて襲ってくる。最後にちょっとしたツイストがあるが、表面上のプロットはこれだけである。ただ、この自分たちを襲ってくるドッペルゲンガーたち」が一体何を指しているのかが分からないのだ。

 

 とういうのも、今にして思えば奇妙なホラーに見えた前作『ゲット・アウト』はバカにも分かりやすいほどにテーマが明確であった。少し歪んだ形ではあるがレイシズムを描き、ジョーダン・ピールが相方のキーガン・マイケル=キーと共に作ってきた差別コントシリーズを彷彿とさせるものだった。今回も何らかの形で社会問題が盛り込まれていると予想はつく。

 

 事実、『Us』を読み解くヒントはジョーダン・ピールが親切にも提示している。ネタバレにはならないので書くが、劇中初めてコピー人間と遭遇したアデレイド(ルピタ・ニョンゴ*2)が「あなたたちは何者か?」と聞くと、コピー人間は「私たちはアメリカ人だ(We are Americans.)」と答える。劇場内ではここで笑いが起こっていたが、これは単なるギャグではない。何故ならタイトル『Us』だって「我々(us)」アメリカ(U.S.=the United Statesの略)」というダブルミーニングなのだから。本作で描かれている恐怖の対象はアメリカ人そのものなのだ。

 

 しかし、ジョーダン・ピールはそれ以上は明かさない。『Us』が全米公開されて2週間、いくつもの解説ビデオや記事が出回っているのも本作を観たアメリカ人の観客が混乱して検索にかけている証拠だ。ジョーダン・ピールに本作に込めた意味を聞く無粋なメディアもいるが、ピールはボカすだけで核心は頑なに明かさない。あくまで観客自身に考えて欲しいとジョーダン・ピールは語り、実際『Us』は複合的に解釈できるように作られている。僕は生憎一人で観に行ったが、グループで観に行った観客たちは皆すぐに議論していた。

 

 間違いなくアメリカについて描かれた映画だが、その核となる部分が分からない。気持ちのいいエンディングではないが、何故かカタルシスを感じさせる。アメリカ人としては無意識に訴えかける部分があり、多くの観客が潜在的恐怖を感じているのだろう。分からないから怖い。まさにジョーダン・ピールが仕掛けた魔術に観客がはまっているのだ。

 

 さあ、そうなると困ったのは当ブログの存在で、映画ブログの使命としては本作の謎を解き明かすべきなのだろうが、日本公開がまだ未定で本作を鑑賞していない人が多い中で解答を導き出すのも時期尚早な気もする。なんて、カッコ良く書いたが、僕もまだ本作の謎を消化しきれていないだけだ。

 

 しかしジョーダン・ピールは数々のヒントを劇中に残しているので、日本公開にあたって予習として以下の事を調べておくと本作のショックに備えやすいだろう。

  • ハンズ・アクロス・アメリカ…1986年貧困問題のチャリティのために、アメリカの東海岸NYから西海岸LAまで650万人もの人々が手を繋いでアメリカ横断させたイベント。目標額は3400万ドルだったが、実際に集まったのは半額以下の1500万ドルだった。
  •  エレミヤ書11:11…旧約聖書の一書のうちの一節。「それゆえ主はこう言われる、見よ、わたしは災を彼らの上に下す。彼らはそれを免れることはできない。彼らがわたしを呼んでも、わたしは聞かない。*3
  • I Got 5 on It…本作が舞台とする北カリフォルニア出身のラッパー、ルーニーズが1995年に発表したヒット曲。大麻についての歌である。

 

 

*1:

*2:ケニア人のニョンゴが完璧なアメリカ訛りの英語を話してるのはすがらしかった

*3:参考: