『テラスハウス』はプロレスである!/『テラスハウス BOYS & GIRLS IN THE CITY』感想

 いやーまさかこんな日が来るとは思わなかった。僕が『テラスハウス』にハマるなんて。僕は自他共に認めるボンクラである。インドア過激派だし、大学4年まで彼女できたことなかったし、文化祭とかテニサーとか広告代理店的価値観は地獄の苦しみを味わった後に滅べば良いと思ってるし、チャラさやキラキラした人生とは関わりを積極的に避けて歩んできた。そんな僕がチャラさやキラキラした人生の代表格である『テラスハウス』にハマってしまったのだ。

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僕が毛嫌いしていた『テラスハウス』にハマったきっかけ 

 ハマったきっかけは順序が逆だが、昨年テレビ界に衝撃を与えた『水曜日のダウンタウン』の企画「モンスターハウス」だ。「モンスターハウス」は『テラスハウス』のパロディ企画として始まり、如何にもテラスハウス』を模したキラキラした男女5人と安田大サーカスのクロちゃんが共同生活をするというもの。僕は『水曜日のダウンタウン』演出・総合プロデューサーの藤井健太郎氏の番組のファンで、「モンスターハウス」は藤井健太郎節が炸裂する悪意とモンスター芸人クロちゃんの常任離れした奇人的ポテンシャルを最大限活かした企画で、結果昨年末豊島園で行われた「モンスターハウス」のライブイベントで警察沙汰になる騒動となったのは記憶に新しく、僕も藤井健太郎が作った仕掛けに大いに驚き楽しませてもらった。

 

 今「『テラスハウス』を模した如何にもキラキラした」と書いたが、僕は「モンスターハウス」を観ていた時『テラスハウス』は一切観たことなかった。もちろん、どういう番組内容かは風の噂で知ってはいたが、その番組コンセプトから鑑賞する気は一切起きなかったし、今正直に告白すると軽蔑すらしていた。が、僕は大学一年の調子に乗っていた時、ダウンタウンファンの先輩のmassas52さん*1の前で『大日本人』を観ないでバカにして「観てから言えや!」と叱られた過去を持つ。以降「観てから言う」は僕の映画鑑賞スタイルの根本*2となり、どんなに予告編がつまらなそうでも基本的には作品そのもののジャッジは鑑賞してから行うようにしている。僕があれだけ嫌いな福田雄一作品も批判すると分かっていてわざわざ観る時間を割くのもそういった理由がある。

 

 さて、去年米『TIME』誌が選ぶ「2018年ベストTV番組」で『テラスハウス』選ばれた。

 

 こちらの記事は僕のTLなどでも話題になり、しかし知人やフォロワーの中には「『テラスハウス』が選ばれるなんて意味不明…番組は観たことないけど」といった趣旨の意見が結構多かった。ここで人の振り見て我が振り直せではないが、疑問に思ってしまったのである。テラスハウス』ってなん未見の人から嫌われやすいのだろう?そういや僕だって『テラスハウス』観たことないのに嫌悪していた。

 

 加えて言うと、確かに僕のアメリカ人の友達の間でNetflixで配信されている『テラスハウス』は大人気で、いつも日本人の僕に番組を観たかどうかを聞いてきて僕は『テラスハウス』嫌いを公言してきたが、そのたびに理由を聞かれて「なんでいけ好かないイケメン美女の恋愛なんか観なきゃいけないの?」「一つ屋根の下で暮らす恋愛リアリティー番組の癖にセックスの香りがしないのが嘘くさい」などと答えてきたが、どこか本質はついていない気もする。やはり嫌うにしても「観てから言う」のが道理というものではないだろうか?

 

 ということで、「モンスターハウス」を見終わったというタイミングもあり、今年に入ってからチマチマとNetflixで配信されている『テラスハウス BOYS & GIRLS IN THE CITY』を観始めていた。最初はもちろん興味がない上、イケメン美女どもがイチャコラ青春してるのがムカつくので週一のスローペースで、酷い時は『バトルフロントII』を遊ぶ片手間でながら見していたが、話が進むにつれ男女の微妙な人間関係にハラハラし、スタジオのツッコミに爆笑し、いつの間にか通勤中や就寝前にも『テラスハウス』を観ている自分がいることに気が付いた。僕はあれだけ毛嫌っていた『テラスハウス』にドはまりしてしまっていたのだ。

 

「『テラスハウス』がヤラセかどうか」は論外

 さて、まず僕は議論されがちである「『テラスハウス』はヤラせかどうか」といった点はもう触れるのもバカバカしいくらい幼稚な論点なので、ここでは相手にしない*3そんなもんヤラセに決まっているからである。

 

 まだそんなことで議論をしたい人は森達也の『ドキュメンタリーは嘘をつく』を読んでいただきたい。

ドキュメンタリーは嘘をつく

ドキュメンタリーは嘘をつく

 

 

 まあ、「ヤラセ」と言うのは少し強い言葉かもしれないが、テレビ/映画、ニュース/ドキュメンタリー/ドラマ、メディアの種類・ジャンルに関わらず、全ての映像作品には作り手の意思や思想が必ず介入し、また被写体も必ずカメラという異物を意識してしまうが故に「自分自身」を演じらざるを得ない。そう言った意味ではフィクションとノンフィクションの垣根など極めて曖昧なものと言っていい。特にバラエティ番組などはその極地である。

 

 グルメ番組で繁盛する忙しい店の中で美味しそうに見える箸上げカットを撮るのにどれだけ時間がかかることか。1カット固定ショットを撮るためにどれだけの手間暇をかけて三脚を固定してフォーカスを合わせているか。ちゃんと演者の動きを抑えるために如何に演者の動線を指示しているか。トーク番組を盛り上げるためにどれだけ演者にアンケートを取って打ち合わせを行い、自然にネタに振るように流れを作るか。

 

 タレントが自由気ままに発言・行動して笑いを取っているかのように見えるバラエティ番組は視聴者の知らないところで裏方が汗と涙を流すことで成立している。「台本がない」と謳う『テラスハウス』も例外ではなく、わざわざデートで入ったお店に先にカメラが待ち構えていたり、ちょうど素晴らしいくらい美しく画角のド真ん中でカップルが手を繋いだり、ルームメイト同士が深刻に話す場でメンバーがカメラ位置的に見えやすい場所で座っていたり、制作スタッフの介在抜きに勝手気儘に偶然毎週毎週番組を盛り上げる何かが起きるわけがないのである。

 

 ただ、もちろん『テラスハウス』での生活が100%嘘というわけではない。あの人間模様を駆け出し中のモデルや俳優たちが本当に全てを演じていたのだとしたら『テラスハウス』で生活している場合ではない。とっとと役者にでもなるべきだ。そもそも全てを作り出してしまったらそれはそれで面白くないことも作り手は分かっている。なので、ルームメイトに対する感情などある程度リアルな部分や自然の成り行きに任せている部分もあるだろうし、ありもしない他国の祭を勝手に作り上げているのと比べたら大分マシだ。

 

 恐らくカメラの回っていない部分でディレクターやカメラマンから手を繋ぐタイミングや気になる人にデートを誘うことなどを指示を出していたり、ドラマを動かすために他のメンバーには内緒で一人のメンバーだけに指示を出していることは容易に想像できる。そう言った意味で『テラスハウス』でヤラセが横行しているのは当然で、そもそもテレビバラエティとはヤラセ(=仕込み)を抜きには存在できないので今更ヤラセか否かを論じたところでまるで意味がなく、野暮である。

 

 『テラスハウス』はフィクションである。それを認めた上で言う。テラスハウス』は面白い。

 

「イケメン美女批判」は織り込み済みだった!

 まず『テラスハウス』を観てすぐに驚いたのは、番組自体が「いけ好かない美男美女の恋愛」をバカにするスタンスを取っていることだった。その象徴とも言えるのが南海キャンディーズ山里亮太がスタジオゲストにいることで、山里といえば一般に「ブス」と形容される自らのルックスを逆手に取り、世の中へのルサンチマンを述べていく芸風を得意としている。当然、テラスハウスに泊まるタレントたちはイケメン・美女ばかりで山里の嫌いそうなタイプの人間ばかりだ。彼らに対する山里の暴言が止まらない止まらない。*4

 

 特に僕が『テラスハウス』にハマってしまったのは副音声で観始めてからというのも大きい。YOU、チュートリアル徳井、アジアン馬場園、トリンドル玲奈といったスタジオゲストの毒舌が一眼レフが醸し出すキラキラフィルターを外し、本気で恋愛している若者たちをバカにしまくっていてとにか痛快で笑える。

 

 また、嘲笑に付すことに終始するだけでなく、童貞のリビドー精神全開の山里に対して恋愛経験豊富な他のスタジオメンバーがテラスハウス内で起きている些細な人間関係の機微を解説する、という構図も取られており、まるでゲームやスポーツの実況者のようでもある。日本のテレビ独特のスタジオシステムがリアリティショーとの抜群の相性を見せており、この点が海外の視聴者にも受けたポイントなのだろう。

 

 更に、先程「性の匂いがしないのが嘘くさい」などと書いたが、それどころかデートを重ねるも中々関係が進展のなかったカップルが実はカメラの回っていない所である程度コトを済ませてしまっていたということが発覚する大事件も発生する。僕ごときが思いつく批判点なんぞ、『テラスハウス』スタッフには全て織り込み済みだったのだ。

 

テラスハウス』とはプロレスである!

 「台本がない」という建前で作り込まれた世界観で観客を楽しませ、逐一状況を実況者が解説する。『テラスハウス』のこの構造は何かに似ていることに気がついた。プロレスである。プロレスも作り込まれた試合を技の掛け合いで盛り上げて見せ、解説者が観客に状況を説明し、観客はリアルなものとして受け入れる。しかしプロレスは決して茶番ではなく、命の削り合いである。

 

 考えてみれば『テラスハウス』に出演するタレントたちもクセの強いものが多く、彼らの生活様式を間に受けた視聴者から批判が出たり時にSNSアカウントが炎上したりする。『テラスハウス』に出演するだけで、彼らのタレント生命をリスクに負わせていると言っても過言ではない。テラスハウス』もいけ好かない美男美女たちの、恋愛という試合で見せる命の削り合いなのである。

 

 テレビ黎明期においてプロレスは庶民文化における大きな役割を果たした。2010年代に入り、ネットが主流メディアとなり娯楽の中心もNetflixなどの配信サービスに移行しつつあるが、そういった中で『テラスハウス』もSNSと連動して現代の若者カルチャーにおいて大きな役割を果たしているかもしれない。まあ考えすぎだし褒め過ぎなのかもしれないが、こうした思考ゲームで遊べただけで僕は『テラスハウス』を観ないで批判することから抜け出せて本当に良かったと思っている。あー早く次のシーズンが待ち遠しい!

 

 

 

*1:massasさんとの対談シリーズはこちらをご覧いただきたい!

*2:とはいえ、『スター・ウォーズ』の新作など、予告編の段階からあーだこーだ言う時も多々ありますが、人間だもの、許して頂きたい。書いた通り、作品の評価自体は見てから下すようにはしているので。

*3:といった幼稚な点をもって今まで観もしないで『テラスハウス』を叩いて人間が僕になります。

*4:余談ではあるが、南海キャンディーズは漫才で『テラスハウス』のことをめちゃくちゃディスってる。