ポリティカル・コレクトネスとディズニーと『スカイウォーカーの夜明け』

 今回は炎上覚悟で突っ込んで書く。Twitterでも少し触れたが、ディズニー版『スター・ウォーズ』で銀河帝国を牛耳る悪の軍団ファースト・オーダーに黒人士官*1やアジア人士官、女性将校がいたりすることに違和感を覚えている。*2

 

 ファシスト政党がダイバーシティなんか気にする訳ないからだ。

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 誤解して欲しくないが、善玉であるレジスタンス側はどんどん多様性を見せるべきで、実際様々な人種どころか色んなエイリアンまで配属されているのは気が利いている。『スカイウォーカーの夜明け』*3では後述する問題はあるが、同性愛カップルまでシリーズ史上初めて登場する。が、悪の独裁勢力にまで多様性を導入すると、残虐な組織の癖にまともな職業倫理観を備えている本末転倒な描写になってしまうのだ。

 

「ハックス将軍…何故我が軍の主要ポストには白人男性ばかりなのだ?人種や性別によって雇用差別してはいけないのを知らないのか!

「も、申し訳ありませんスノーク最高指導者!ただちに組織改革を行い、人事部にダイバーシティの概念を導入致します!

…などというやり取りがあったのではないかと勘ぐってしまう。

 

 一方、ルーカス時代の帝国軍を振り返ると、全て白人のみで構成されていた。というより、『新たなる希望』にはそもそもマイノリティがほとんど登場しなかった事に批判を受けたので、続編からは反乱軍に黒人やアジア人パイロットも見受けられようになり、モン・モスマが女性リーダーとして登場し改善された。一方の帝国軍は徹底して白人至上主義で、これはナチスドイツを連想させ反乱軍との対比で如何にロクでもない連中かが伺える。

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 では何故ファースト・オーダーが多様性溢れる描写になってしまったのかというと、僕はずっと前からディズニーという企業がそもそもポリティカル・コレクトネス(PC=政治的正しさ)というものをビジネスの道具としてテキトーに捉えてるから、という気がしてならないのだ。

 

 近年のディズニー作品はリベラル路線が強く、当然優れたメッセージを持つ作品も多い。ズートピアは動物を使って多様性社会の大切さを説き、『塔の上のラプンツェル』『アナと雪の女王』など近年ディズニープリンセスは「白馬になった王子様が救いに来てくれる」価値観が時代遅れな事を示す。『ベイマックス『モアナ』『ブラックパンサー』など、非白人の物語も増えてきたし、今後も実写版『ムーラン』『Shang-Chi』などがラインナップに続く。

 

 しかし、それでも僕がディズニーに対して今一信頼できないのは、CEOのボブ・アイガードナルド・トランプの戦略アドバイザーチームのメンバーだったと知った時だ。現在では辞退しているが、メキシコ人はレイプ魔だの移民は全て送り返せだの女のアソコを掴めなどトランプが問題発言を連発してもアイガーは長いことトランプ陣営の一員だった。僕はここでアイガーもレイシストや右翼だと糾弾するつもりはない*4が、特に考えもなしに目先の利益だけで動いているのは間違いなさそうだ。

 

 ディズニーがPCに対してテキトーに考えている、と僕が確証に至ったのはジェームズ・ガンが過去の問題発言をめぐって『Guardians of the Galaxy Vol.3』から一時解雇された時だ。当時怒り狂ってブログにも書いたが、ガンと揉めて恨みを抱いていたオルタナ右翼が過去のツイートを発掘した、という文脈を一切考慮に入れず「反PCだから」システマティックにディズニーはガンのクビを切った。その後、ガンを愛する出演者やファンの運動、ケヴィン・ファイギの働きもあってガンはプロジェクトに復帰することができたが、そうするといよいよあの騒動に対するディズニーの曖昧な態度に懐疑的になる。

 

 先程素晴らしいディズニーの作品群を挙げたが、PCをシステマティックに導入しているように見えるディズニー作品も少なくない。実写版『ダンボ』は時代世相的にサーカスで見世物だったはずの身体障害者や異形の者を一切登場させず、心優しい団長まで登場させて原典が持つ差別と偏見に対するメッセージを薄っぺらいものにしてしまった。実写版『シンデレラ』『美女と野獣』など近世ヨーロッパをモデルとした作品で黒人の執事や貴族が登場したことが物議を醸したが、僕個人としてはディズニーの意図は分かるし、黒人貴族が歴史上存在したのは事実だ。しかし、映画内で登場する黒人たちの扱いは背景のキャラクター止まりで結局は白人様の物語に収まっていて、むしろ社会情勢として弾圧されていたマイノリティを出さないと白人が黒人を抑圧していた過去を隠蔽しているような薄気味悪さすら感じてしまい、その描写はフェアに思えない*5

  

 で、話を『スター・ウォーズ』に戻すと、Twitterのモーメンツで『スカイウォーカーの夜明け』がマイノリティやLGBTQから賛否両論を呼んでいるという話を読んで興味深く思ったのだ。(以下ネタバレ注意)

 

 まず問題として挙げられているのは、映画のクライマックスでパルパティーンを倒した後、レイとベンの間で交わされるキスだ。僕もこの描写は唐突で全く蛇足だと思ったが、とあるフェミニストのユーザーは「レイのことをずっと圧迫しコントロールし続けていた男とキスするのは信じられない」と指摘する。他にも「結局、映画内の全ての女性キャラは男性キャラを成長させるために存在している」「レイが持つ銀河一のパワーの源は結局男性由来で、レイを成長させるのも全て男性」という意見があった。

 

 また、人種描写についても問題があり、とあるユーザーは「フィンがほとんど自分の事を気にかけない白人女性を追いかけ回す『スカイウォーカーの夜明け』は最高。ラテン系のポー・ダメロンの過去がドラッグディーラーだったのも、アジア人のローズにほとんどセリフが回ってこないのもクール。なんて進歩的な映画なんだ!」と皮肉たっぷりに述べている。確かにフィンの気持ちを考えるとレイがベンにキスをするのは可愛そうだし、ポーの過去がスパイス密輸業だったというのも人種的偏見に満ちたキャラクター設定で、前作でファンから嫌われたローズがプリクエルにおけるジャー・ジャー=ビンクスと同じく出番が減らされたのでは救われない。

 

 更には、ファイナル・オーダーを倒した後、レジスタンス基地で同性愛者のキャラクターがチラッとキスしていた描写も火花が散っている。まさに「チラッと」しか映さなかったことが問題*6であり、ただLGBTQの観客へのあからさまな配慮としか言いようが無い登場の仕方に当のLGBTQの観客たちが怒っているのだ。思わず笑ってしまった批判に「レジスタンスのパイロットがナメクジエイリアンにハグしている描写の方が同性愛者のキャラクターのキス描写より長かった」というのがあった。なお、LGBTQの『スター・ウォーズ』ファンの間ではポー・ダメロンのゲイ説が唱えられていたが、それも本作でストレートであることが強調されたことも批判を買っているようだ。

 

 ディズニーの新『スター・ウォーズ』が始まった当初、主人公3人組が女性・黒人・ラテン系とマイノリティで構成されていた事に革新的な映画だと称賛が上がっていたのに、その完結編が結局は典型的なハリウッド映画のフォーマットに落とし込まれてしまった為に炎上してしまった。これは繊細な描写であるので確かに難しい問題だし、『スカイウォーカーの夜明け』に関しては『最後のジェダイ』を受けての路線変更のせいでそもそもの準備期間が圧倒的に足りなかったので、そこまで練り込むこと自体が困難だったと思うが、例えばジョージ・ミラーが『マッドマックス 怒りのデス・ロード』の女性キャラクターの掘り下げのためにフェミニストのイヴ・エンスラーを呼んだように、その筋の専門家を雇うというのは選択肢として考慮すべきだったのかもしれない。

 

 ここでこの記事を読んで、昨今のPC文化は七面倒臭い、と感じる人が多くいるかもしれない。確かに、最近では過激派が登場してPCを「表現の自由狩り」*7を容認する権利か何かと勘違いしているケースが増えている事もこの問題を難しくさせている。ただ、例えば黒人の人権問題を描く映画において差別的なキャラが使うべき言葉は「黒人(Black)」でも「アフリカ系(African)」でもなく「クロンボ(Nigger)」であるように、反モラルな言葉や描写を出すことで観客は被害者に共感し、差別や偏見の歴史をより深く理解することができる事もある。

 

 つまり、PCというものは何をどの文脈で表現するかにおいて逐一適応されるべきであって、ディズニーはこの煩雑な作業を省いて商業的且つシステマティックにPCを取り入れているから、自分たちでは政治的に正しい映画を作っているつもりなのに炎上が起きるのかもしれない。 

 

*1:末端のストーム・トルーパーにフィンなど幼少期に連れ去られたマイノリティがあること自体は上手い設定だと思う。

*2:ただし、『バトルフロントII』などのゲームでファースト・オーダーや帝国軍オフィサーに人種や性別のオプションがあったり、ハロウィンのコスプレでマイノリティがそれらのキャラを演じるのは問題がない。ゲームやコスプレなど能動的にキャラが選べる場合、人は自分がなりたい物に自由になれるべきだ。

*3:なお、本作に対する僕の感想はこちら

taiyaki.hatenadiary.com

*4:とはいえ、あれだけリベラルなメッセージを送るディズニー作品のトップが、反リベラルの象徴であるトランプの支持者であったのは酷いダブルスタンダードだとは思う。

*5:とはいえ、夢と現実のファンタジーで、黒人の子供たちもたくさん見るディズニーファンタジーに黒人奴隷を登場させるのは少し直接的過ぎるし酷なかもしれない。でも、だったら今度の実写版『リトル・マーメイド』のアリエルが黒人であるように、白人の物語を色んな人種に開放してあげた方が良い

*6:なお、同様に『アベンジャーズ/エンドゲーム』でもチラッと匂わせる程度にしか同性愛のキャラクターが登場しなかった事も賛否を呼んでいる。

*7:ここで僕が言う「表現の自由」には、一部アンポンタンが声高に主張する「ヘイトスピーチを容認する権利」とは当然全く持って違うことを断っておく。