ろくでなしのブルース

 僕がアーカンソーの大学に留学していた時、韓国人の男の子が交換留学生としてやってきた。彼の英語名はマイケルだったらしいが、彼のおかっぱヘアスタイルがブルース・リーそっくりだったので、「お前はブルースだ!」と名付けて以来彼の学校での呼び名はブルースになってしまった。マイケルという名前すら今日再会するまで忘れていた。

 

 ブルースは困った奴だった。人懐っこい奴なのだが、なんというか、人懐っこすぎるのだ。悪気なく平気で人のパーソナルスペースに土足でヅカヅカと入ってくるタイプで、いつしか彼は留学生のコミュニティはおろか、韓国人学生のコミュニティからすらも疎まれるようになり、最終的に僕くらいしか相手をする人間がいなくなったのでいつも僕の寮の部屋に居着くようになった。かくいう僕もかなり乱雑に扱っていて、英語で喋るのすら面倒くさくてブルースには最早日本語でツッコんでいたりしていたが、ブルースは子犬のように離れなかった。

 

 ある朝のこと。僕が目を覚ましたら、ブルースが至近距離でじっと僕のことをじっと見つめていた。漫画のように叫びながら起きたのは初めてのことであった。ブルースは手を握ってきたり、ツンツンしてきたり、普段からボディタッチが多かった。正直ゲイなんじゃなかろうかと思っていたが、彼は頑なに認めない。いや、彼が別にゲイだって何の問題はないのだ。ゲイだろうとストレートだろうと、人が寝ている間に許可なく部屋に入られてじっと至近距離で見つめられるのはかなりキモい。その場で説教をしたが、「オ、ソ〜リ〜」とブルースはヘラヘラしていた。

 

 ブルースは交換留学生だったので、半年で母国に帰ることになった。帰る前日、誰も送別会をしてくれないので、僕と当時ルームメイトだった中国人と、ブルースに優しかった日本人の女の子(仮にK子とする。)でモノポリー大会をしてあげた。翌日空港まで見送って欲しいと頼まれたので、僕とK子、あとK子が仲良くしていたアメリカ人(仮にDとする。)で急遽空港に行く事が決まった。

 

 その翌日。ブルースの部屋を見て驚愕した。全く後片付けが終わっていなかった。もちろん学校の寮なので、退室する際は綺麗にして寮監のサインをもらわないといけない。そもそも僕は休日返上でブルースを送り届けないといけなかったことに若干嫌気がさしていたのに、急遽朝からバタバタ片付けることになった。何とか綺麗にして寮監のサインを何故か僕がもらい、ブルースに飛行機の時間を確認すると、まだ余裕があるとのことだった。駐車場で長いこと待たされていたDに僕とK子は申し訳なさそうに謝り、ブルースは呑気に「オ、ハロー、D」と挨拶して車に乗り込んだ。

 

 Dは真面目な奴だったので、飛行機の時間を気にしていた。Dは飛行機の2時間前に到着しようとしていたが、現状では1時間30分前に着く予定だ。とはいえ、最初は乗り継ぎ地まで行く国内便だからそこまで時間がない訳でもないので、無理に焦る必要はないと何故か僕が伝えた。ガソリンも注入しなくてはけなったので、道中ガソリンスタンドに寄った。給油が完了して出発しようと思ったら、ブルースが消えていた。

 

 僕たちは混乱した。悪魔のいけにえ』に出てくるようなアメリカのど田舎の高速道路である。消えようにもどこにも行きようがない。辺りを探してみると、ブルースはガソリンスタンドに店の裏からトコトコ出てきた。「お前はどこにいたんだ!」と怒ると、飲み物を買いたかったようでATMを探していたそうだ。こちらが怒っている理由もイマイチ分かっていない様子で、あまりの図太さに開いた口が塞がらなかった。

 

 Dが焦って事故らないようにメンタルケアしつつ、僕たちはメンフィス空港に着いた。言うても1時間前には着いたので十分時間がある。チェックインカウンターに向かい、ブルースと何故か一緒に受付をすると、職員の血相が変わる。「お客様!この便はあと45分で出発します!すぐに向かってください!」なんとブルースは自分のフライト番号を間違って覚えていたのだ。ギャーと急いでチェックインを済ませ、セキュリティゲートまでダッシュする。この期に及んでまで「オ、アイ・ウォント・テイク・フォト・ウィズ・ユー・ガイズ」とかほざきやがる。どこまでもマイペースなブルースに僕たちは唖然としながら、無事に送り出してまた1時間半かけて帰路に着いたのだった。

 

 そんな出来事があったのが4年前。ブルースは今東京に来ているそうで、僕に会おうと連絡が来た。僕はブルース相手には徹底的に塩対応で行こうと決めているのでどうしようか迷ったが、まあ久しぶりだし会ってやることにした。先にブルースはK子ともう一人の女の子と居酒屋で飲んでいて、僕は仕事がひと段落してから遅れて登場した。個室の扉を開けるとブルースは僕を見て「オ、タイヤキ…!」と涙目を浮かべていた。が、僕は底意地の悪い人間なので感慨には流されず、あくまでも塩対応で日本語で久しぶりの漫才を掛け合ってやるのだった。次会うのは4年後でいいかな。

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▲ブルースと新宿にて(2020年1月26日、K子撮影)

 

ろくでなしBLUES

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  • 発売日: 2018/04/01
  • メディア: Prime Video