誰かが苦しみ続けるようであれば、映画館なんか消えたって良い

 僕がNYで働いていた日系の映像制作会社を辞めてから、早いもので10ヶ月経つ。今でこそ他人には笑い話のように話すが、時折一人でいるときに、社長に罵られた言葉がフラッシュバックし、動悸が上がってどうしようもなく全身がむず痒くなることがある。その罵詈雑言の一例を書こうと思ったけれど、色々思い返すのも辛いのでここでは省略する。パワハラをされた側は一生傷を負い続ける。

 

 うちの社長だけではなく、日本から来る仕事先の人たちもまあ酷いもんだった。本人は冗談半分のつもりで平気でADに「死ね」「ブス」など罵ったり、面白半分でADの子にアレルギーのものを食べさせようとしたり、気に入らないスタッフを日本へ帰国させたり、皆がいる前でスタッフに公開説教することで悦に浸ったり、メイクの女の子にセクハラしたり。

 

 日本の映像業界は、確実に「トキシック」な仕事場だ。その背景には閉鎖的で特殊なコミュニティであること、更に「やりがい」や「クリエイティビティ」などの気取った言葉を言い訳に、弱者や若手への搾取が行き交っている業界であることが影響しているだろう。この有毒な環境に耐性がある人だけが生き残り、その悪しき伝統を継いでいく。

 

 僕はアップリンク浅井隆代表が日常的にパワハラを行なっていたと知り、言いようのない怒りを覚えている。

www.asahi.com

 

 アップリンクは「世界を均質化する力に抗う」を指針に、所謂社会派の作品やインディーズ映画・アート映画を積極的に配給/上映し、映画ファンたちからは根強い支持を得ていた。もちろん、僕自身も観客として渋谷アップリンクを何度か利用したことがある。

 

 浅井代表もTwitterやnoteで業界や社会問題に対して積極的に自分の意見を述べていたので言動に注目を集めており、今ではコロナ禍で危機的状況にあるミニシアターを守るべく、積極的にメディアの取材を受けていた。映画文化を愛する僕としても浅井氏の活動は見守っていてたし、当ブログと『ザ・ルーム』公式アカウントでも知人に頼まれ、浅井代表のトークイベントを告知した。

taiyaki.hatenadiary.com

 

 そんな浅井代表は去年、『童貞。をプロデュース』のパワハラ/セクハラ問題で「被害者の告発を受け二人はきちんと公に謝罪すべきではないか。」とまで語っていた。

 その浅井代表本人が、日常的に社員にパワハラを行なっていたことが発覚したが、このツイートをした当時、一体どういう感情で呟いていたのだろうか。いや、パワハラ被害者として僕は答えを知っている。自分はパワハラをやっていた感覚なんてまるでなかったのだろう。ちょうど、呑気に笑いながら僕に吉本のパワハラ問題を語っていたうちの社長のように。 

 

 一つ気持ちが悪いと思ったのが、今回のニュースが出て、映画関係者を中心に「有名な話だった」と語る人が多かったことである。浅井代表が力関係を悪用し、弱者を傷つけ続けていたことを知っておきながら、一緒に仕事をしていたり、イベントゲストに呼んだり、取材をしたりしていた、ということだろうか。

 

 僕が勤めていた会社で色々なブルシットをやらされていた時も感じたが、結局日本の映像業界が世界的にも大きな遅れをとってしまったのは、こうした「搾取」を基盤とし、未来の担い手を潰すことで成り立っていた内部の腐りっぷりのせいだ。映画業界は今コロナで苦しい状況にはあるが、それ以前の話で、労働者を軽視する限りはどちらにせよ潰れかけの産業だったと思う。

 

 なお、僕が今回の問題を知る中で、一番心を打たれて苦しく思ってしまったのは、元社員の清水正誉さんの次の発言だ。

全国のミニシアターを存続させたいという思いから、いろいろな動きがあるかと思います。私も個人的に署名や支援をしております。この流れの中で声を上げるのは、すごく怖いことであります。映画が大好きな方を敵に回す懸念はありますが、だからといってハラスメントが許されるわけではない

  映画を愛する者であるが故の苦しみが滲み出ている。「映画が好きだから」我慢した理不尽が、これまでどれほどあったのだろうか。だが、逃げるように会社を辞めていった僕と違い、実名で告発できる勇気を持った彼らが羨ましくも思う。

 

 僕は「UPLINK Workers’ Voices Against Harassment」を応援・支持する。映画業界の構成員を守らずして、映画文化は存在し得ない。誰かが苦しみ続けるようであれば、僕は映画館なんか消えたっていいと思う。浅井隆氏には誠意ある対応を求む。