タコに教わる再生術/『オクトパスの神秘:海の賢者は語る』★★☆

 アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞した『オクトパスの神秘:海の賢者は語る』を鑑賞。監督・脚本はピッパ・エアリック、ジェームズ・リード、撮影はロジャー・ホロックス、製作は本作の主演も務めるクレイグ・フォスター。

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 映像作家として心身ともに疲弊しきっていたクレイグ・フォスターが、故郷の南アフリカでダイビングに打ち込んでいるうちにとあるタコに出会って魅了され、親交を深めるうちに精神的に癒やされていくドキュメンタリー。僕なんかは犬の区別すらつかないのに、この特定のタコと心を通わせられるクレイグには驚かされる。

 

 事実、南アフリカ雄大な海と美しい音楽、感動的なストーリーラインで分かりづらくなっているけれど、ここで描かれているのは一個体のメスダコに捕われた男の「狂気」だ。毎日のようにこのタコに会いに行き、「彼女」が居場所を変えても残された形跡をしつこく辿って探し出す。2010年からおよそ1年かけてクレイグは毎日海に潜り続け、「彼女」を映像に収め続けたという。撮影した映像は数テラバイト以上にも上るらしい。これを執念と言わずしてなんと言おう。

 

 しかし、多くの芸術家において作品作りが一種のカウンセリウングとして機能するように、クレイグにとってもタコを撮り続けることは、彼が映像作家として再起するためには必要なプロセスであった。彼が何故心を痛めたのか、劇中では詳しく描写されない。ただ「カメラや編集機材を視界入れたくない」ほどの傷を負ったという。そんなクレイグが再びカメラを握りたいと思わせる「何か」が、このタコにはあったのだ。

 

 劇中、「彼女」はトラザメに襲われ、足を一本失ってしまう。自然の倫理として手を差し伸べることはしなかったが、手負の「彼女」を見てクレイグは以上なほど共感してしまう。しかし、1週間ほど経ち、元気になった「彼女」から小さな腕が一本生えてきているのをしっかりカメラに収めているのは、非常に象徴的だ。この作品はクレイグが「彼女」から自分の自然界においての役割を教えてもらい、精神的に再生していく物語だからだ。

 

 タコの命は1年ちょっとと短く、「彼女」も例外ではない。しかし、撮影が終わってから10年かけて、クレイグのパーソナルな映像に追加撮影素材を付け足して立派な長編ドキュメンタリー映画に仕上げたことから、タコがクレイグに施したカウンセリングの効果を窺い知ることができるのだ。

My Octopus Teacher End Credits

My Octopus Teacher End Credits

  • 発売日: 2020/11/13
  • メディア: MP3 ダウンロード