ウーピー・ゴールドバーグに話しかけた話

 会社の近くに「アコ」という和食屋がある。和食屋と言っても非日本人が経営しているなんちゃって和食屋で、オシャレな土地にあるので無駄に値段が高い。味も別にそこまで美味しくないのだが、アコには何故か1か月に一回くらい行きたくなる不思議な中毒性があり、しかし毎度行っては対して美味しくない和食に高いランチ代払うことに虚しい気持ちになる。だが、それでも何故かアコには足を運んでしまうので、同僚の あみん とアコに行くことを「傷付きに行く」と呼ぶ内輪受けジョークが生まれていた。

 

 さて、今日もアコへ傷つきに行った時の話である。アコはメニューだけカツ丼だの牛丼だのチラシだの蕎麦だの一丁前のことが書いてあるが、どうせどのメニューも想像していたものと全然違うものが出てくるか分かり切っているので、逆に何を頼もうかと二人で盛り上がっていた時である。僕らの席の隣に黒人女性が二人座ったのだ。僕が気付かずにメニューを見ていると、あみん が僕に日本語で囁く。「隣の人有名人じゃない?」ふと隣を見てみると、よく映画で見たことのある顔だった。脳内Google検索をする。

 

ウーピー・ゴールドバーグじゃん!!

f:id:HKtaiyaki:20180927040018p:plain

 すげえ、『ゴースト/ニューヨークの幻』のウーピー・ゴールドバーグじゃん!『天使にラブソングを…』じゃん!ウーピーが隣に座ってる!!

 

 しかし、なんというか、芸能人にしては全くオーラがない。いや芸能人どころか、ハリウッドのベテラン女優である。服装もブランド品など身に着けておらず、失礼だがあまりお金持ちにも見えなかった。そして背丈も映画で見る印象よりずっと小さく見えた。「でも実際のウーピー・ゴールドバーグも普段全然着飾らないし、あんまり背も高くないよ」というのは あみん の談で、彼は仕事でこの間ウーピー・ゴールドバーグを目撃したばかりだった。

 

 それにしても何故ウーピー・ゴールドバーグがアコなんかに…?と思ったが、ウーピーはNYに住んでいるらしいので可能性はなくもない。アコは不味い店だが、値段としては割高だし、といっても高級店でもないので、セレブが人目のつかない場所でランチを過ごしたい際は打ってつけなのかもしれない。

 

 失礼なので隣をあまり凝視することはできないが、スマホで検索するウーピー・ゴールドバーグの画像と横目でチラリと観るウーピー・ゴールドバーグを見比べる。多少、他人の空似ではないのか?という疑念はあったが、何よりも隣から見る彼女をウーピー・ゴールドバーグたらしめていたものは頬の膨らみであった。更に決定的なことに、この間 あみん が撮ったウーピーの写メと今隣に座っているウーピーは全く同じジージャンを着用していた。ウーピー・ゴールドバーグが隣にいる!というだけでアドレナリンが出て あみん と早口で、しかし彼女に悟られないように日本語で会話をする。

 

 ここはなんとしてでも話しかけたい、あわよくば一緒に写真を撮りたい。しかし、せっかくオフの日にゆっくり昼飯を食べているのに、ここで話しかけてしまったら気分を害してしまうだろう。僕たちはリスペクトを持ってウーピーに合わせてスローペースで昼飯を食べ、ウーピーが会計をする段階で話しかけることに決めた。はずだったが、僕は興奮していたのでむしろいつもより早く食べ終わってしまった。落ち着かねば!と普段なら高いアコでは絶対頼まない緑茶を飲んで、カテキンで精神を整えることにした。

 

 ちょうど隣のテーブルが皿を片付けたころだろうか、僕たちも会計を終えたのでいよいよ勇気を持って話しかけることにした。これを逃したら僕がハリウッドで成功するまで二度とウーピーと会話する機会などないだろう。まるで女の子に告白するときのように高鳴る心臓を必死に押さえつけ、意を決して話しかける。

 

「あの、すみません…!」

 

ウーピーがこちらを振り向く。正面から見たウーピーは、

 

 

 

 

 

 

 

ウーピー・ゴールドバーグではなかった。

 

横顔がありえないほど似ているだけで、正面から見るとまるでウーピー・ゴールドバーグと似ていなかった。ただ単にアコに昼飯を食べに来た黒人女性であった。

 

だ、誰だお前は!などとこちらから話しかけておきながら超失礼なことを思ってしまい、更にクソ失礼なことにウーピー(にちょっと似た別人)の顔を見るなり吹き出してしまった。ただ、ここまで話しかけて終わってしまったら、ただ知らない人に声かけて笑いだす超気持ちの悪くて失礼なアジア人になってしまうので、後には引けず、

 

「ま、間違ってたらすみませんが、ウーピー・ゴールドバーグさんですか?」

 

間違っていると分かり切っているのに聞いた。というか、聞くしかなかった。

 

もちろん、ウーピー(にちょっと似た別人)は

 

「え、違いますけど…。」

 

と神妙な面持ちで否定し、二度と味わいたくない気まずい雰囲気が辺りを漂った。必死に あみん と、あ、すみません、あまりにも似てたもので!ウーピー・ゴールドバーグのファンだったので少し舞い上がってしまいました、本当にごめんなさい、お邪魔して申し訳なかったです、良い一日をお過ごしください!と深く謝罪し顔を真っ赤に赤らめながらアコを出た。

 

やっぱりアコは傷つきに行く場所で間違いなかったね、と会社へのもどり道であみんと合意したのであった。