『ザ・プレデター』を鑑賞。監督は1作目『プレデター』にも出演していた『アイアンマン3』『ナイスガイズ』のシェーン・ブラック、脚本は『ドラキュリアン』『ロボコップ3』のフレッド・デッカー、製作はシリーズを手掛けてきたジョン・デイヴィス。音楽はアラン・シルベストリが手掛けたテーマ曲を元にヘンリー・ジャックマンが担当。主演は『ローガン』のボイド・ホルブルック、共演に『ムーンライト』トレヴェンテ・ローズ、ジェイコブ・トレンブレー、キーガン・マイケル・キー、オリヴィア・マン、他。
シェーン・ブラックが撮る映画は「シェーン・ブラック映画」という唯一無二のジャンルである。このジャンルの作品は以下の特徴がある。
- 主人公は憎めないクズ。
- 憎みあっていた者同士のブロマンスが描かれている。
- 陰謀渦巻くプロットを賢い子供の助けで解決。
- バイオレンスかつ不謹慎なまでにユーモラス。
- クリスマスが出てくる。
一部の要素が欠落することはあるものの、シェーン・ブラックが監督デビューを飾った『キスキス、バンバン』からマーベル大作の『アイアンマン3』、前作の『ナイス・ガイズ!』に至るまで、どれもこれらの法則が守られている。いつも同じことの繰り返し、と言われればそれまでであるが、低予算のインデペンデント映画でも数億ドルもかけられた超大作でも変わらずに同じモチーフを繰り返すことは、むしろ作家性と呼んでしかるべきだと思う。いつもと同じ話に毎度異なる題材を加えることでどう見せていくか、がシェーン・ブラック映画を楽しむポイントだろう。
そんなシェーン・ブラックが『ザ・プレデター』を監督すると聞き、どんな出来になるか想像もつかず、興味深かった。しかし実際に鑑賞してみるとなんてことはない、『ザ・プレデター』はいつものシェーン・ブラック映画にプレデターが出演しているだけだったのだ。(クリスマスの代わりにハロウィンだけど)
そんなこともあって、批評家や一部シリーズファンからは批判されている『ザ・プレデター』であるが、僕はプレデターがシェーン・ブラックの世界観に違和感なく溶け込んでいるのが意外で面白かったのだ。よくよく考えるとプレデターのライバル『エイリアン』シリーズだって毎度監督が変わるごとにその監督の作家性が顕著に表れているので、たまには『プレデター』だってこんな冒険をしてみたっていいじゃないか。
『ザ・プレデター』で特に僕が好きだったのは落ちこぼれ軍人集団のルーニーズだ。はぐれものの寄せ集め集団であるため、罵りあって全く馬の合わない彼らが、戦いを通して絆を深めていく描写は流石シェーン・ブラック。アメリカンコメディファンとして特記したいのはキーガン・マイケル・キーの起用であり、彼はお笑いコンビ キー&ピールの片割れで、去年『ゲット・アウト』を撮ったジョーダン・ピールの相方でもある。キーは本作に出演していないジョーダンの代わりにトーマス・ジェーンとひたすら罵り合い(イチャイチャ)しており、クライマックスでは濃厚なブロマンスを見せてくれる。最近映画界にはブロマンスが不足していると思っていたところなので、この時点で僕は大満足だ。
ルーニーズのキャラが立ちすぎてしまい、あわやプレデターが出てこなくても面白いのではないか、と思わせてしまうのは欠点かもしれないが、やはりプレデターだからこそシェーン・ブラックのバイオレンス描写もいつもに増して光り、いつもより過激にバイオレンスだからこそ不謹慎ギャグの精度もあがっている。ギャグの精度が上がるとルーニーズをより魅力的にし、プレデターとの戦いで誰も死んでほしくないと本気でハラハラする。プレデターとシェーン・ブラックが車輪のように相乗効果で良さを発揮しているのが『ザ・プレデター』なのだ。やっぱりシェーン・ブラック映画は楽しいなぁ。