今日は移動中の飛行機内で大根仁監督の『SUNNY 強い気持ち・強い愛』を観ました。
本作は傑作韓国映画『サニー 永遠の仲間たち』のリメイクで、オリジナル版が大好きだった僕は日本版リメイクが『50回目のファーストキス』*1のような事態になってしまうのではないかと危惧しましたが、結論から言うととても良くて終始ウルウルでした。
オリジナル版が現代の韓国と民主化に揺れる80年代を行き来していたのに対し、日本版は90年代のコギャル文化を扱っていて、これが実にうまく機能していました。話はほとんど同じなので脚本の出来がいいのは前提として、女子高生の主人公たちがコギャルらしく人目も憚らず笑い、カラオケで歌い、踊り、プリクラを撮っているのは青春時代の瑞々しい輝きを発揮していました。韓国版にあった政治的背景が無くなっていたのは邦画っぽくはありますが、90年代の社会的背景や風俗も盛り込めていたと思います。大根仁流の外連味のある演出も素晴らしかったです。
ですが、一点どうしても看過できないシーンがあり、それは本作で描かれるドラッグの描写です。主人公のグループ「サニー」と敵対するコギャル・鰤谷は元々サニーのリーダー芹香と友達でしたが、鰤谷はドラッグにハマった事で鰤谷と疎遠になります。鰤谷はクライマックスでドラッグのせいで暴れてとある悲劇を起こすのですが、この「薬物を摂取して狂人化する」シーンがまるで厚生労働省が出している「ダメ。ゼッタイ。」啓蒙ビデオかのような描き方で超絶にダサかったのです。
これは戦後から日本社会が薬物に関して大変厳しい姿勢を取っていて、文化的な違いもあるので仕方がない事なのかもしれませんが、嗜好用ドラッグという考え方がない日本の作品(映画に限らず、漫画でも小説でもなんでもいいです)においてドラッグは「基地外製造魔法薬」の様な一辺倒でダサい描写になりがちです。例として『名探偵コナン』でマリファナが出てくるシーンを見てみましょうか。
一般的にマリファナの症状はお酒に酔った状態とよく似ているそうで、摂取するとまったりと落ち着いた気分になる様です。上記の様に発狂したり自傷行為に陥ったり殺しあったりすることはほぼほぼ起こり得ず、そもそもそんな人が狂犬病の様に暴れ出す物質を欧米の国々や各州が合法化する訳がありません。しかし、件のコナン君は「ダメ。ゼッタイ。」の思考停止スローガンの下で「マリファナ=ドラッグ=凶暴化」という非常に短絡的な回路に陥ってしまったのでしょう。
一方、アメリカンコメディにおいてはドラッグは頻出しますし、割りかしライトに描かれます。『SUNNY』と同じ女子高生コメディで言えば、今年観た大傑作『Booksmart』で主人公の優等生二人組がドラッグを誤飲してしまい、バービーの様な人形になってしまうという愉快な幻覚を見てしまってパニックに陥る爆笑シーンがあります。
また、これも今年公開されたセス・ローゲン×シャーリーズ・セロンの政治ロマンスコメディ『Long Shot』では、シャーリーズ・セロン演じる国務長官が仕事でヤケになって外遊先のクラブでエクスタシーをキメてラリっているところ、中東で米軍兵士が捕虜になるという緊急事態が発生、ハイのまま敵対国家の外務大臣と人質の解放交渉を行う、という抱腹絶倒のシーンがありました。
このように、アメリカン・コメディ(または一般に洋画)においてドラッグは、使用している本人をバカ化してしまい、そのバカさで巻き起こす珍騒動で観客を笑わせます。一方で邦画(または日本のエンタメ作品一般)においてドラッグは、人を凶暴化させて他人に危害を加える装置でしかなく、ドラッグの非犯罪化が進む世界から見ると実に珍妙な描写に見えてしまいます。
もちろん、誤解して欲しくないのは決して僕はドラッグを奨励しているのではなく、偏にドラッグといっても嗜好用大麻であったり、中には本当に人を凶暴化させる大変危険なものまで様々あります。しかし『SUNNY』において問題なのは、鰤谷が使用している薬物を「ドラッグ」と大雑把に呼んで非常に曖昧にしている点です。これは日本人の「ダメ。ゼッタイ。」的思考停止から来ている描写だと思いますが、これではドラッグに対する誤った認識をイタズラに広めるだけで、建設的議論を行うことを難しくさせます。ちなみにオリジナル版はどうなっていたのだろうと確認してみたところ、鰤谷に当たるサンミはシンナーを吸っているとキチンと具体的に描写されていました。
何度も言いますが、僕はドラッグをオススメしているわけはなく、違法薬物には絶対に手を出してはいけません。しかし、日本の娯楽作品においてこうもドラッグが通り一遍にシリアスに危険物として描かれているとダイバーシティに欠けていてつまらないなぁと思います。日本でもたまには『スモーキング・ハイ』のようなストーナーコメディが出てきたって構わないんじゃないかなぁ。『SUNNY』は邦画にしては珍しく未成年飲酒を描く勇気があっただけに残念です。
*1:なお、何回も言うようですが、アダム・サンドラー×ドリュー・バリモアの傑作の方は『50回目のファースト・キス』なので、絶対にお間違いなく