「さようなら」が言えなくて/『The Farewell』★★☆

 サンダンス映画祭で話題となった、ルル・ワン監督の自伝的作品『The Farewell』を鑑賞。ルル・ワンは同時に製作と脚本も手がける。主演は『オーシャンズ8』『クレイジー・リッチ!』のオークワフィナ、共演にツィ・マー、ダイアナ・リン、ザオ・スーチェン。

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 レビューというより、追悼文。僕の父方の祖母が本日8/6に亡くなった。享年92歳だから老衰で、老人ホームのヘルパーから連絡を受けて駆けつけた母曰く、眠るように静かに逝ったらしい。

 

 僕の父方の家系は伝統や家父長制を重んじる家風で、初孫だった僕は自分で言うのも何だが大層可愛がられた。しかし、同時に保守的でエリート思想も持ち合わせていた祖母は時折差別的な言動をするのが難点で、会う度に「しっかり勉強して東大に行かなきゃダメよ」と厳しく僕ら兄弟に言い聞かせるのが口癖だった。母方の祖母が対照的に僕ら三兄弟を目に入れても全く痛く感じないほど甘やかすタイプだったこともあり、正直父方の祖母と会う時は変な緊張が僕らの間で(というか、少なくとも僕の間で)走っていたが、まあ子供ながら昔の人だということで納得していたし、厳しさの中に隠れた愛情は感じ取っていた。

 

 そんな祖母が倒れたという報を受けたのは3年前のことであった。僕は既にアメリカに渡っていた。脳卒中だったが一命は取り留め、その代わりに半身麻痺となり流暢に喋れなくなっていた。祖父も僕が幼い頃に亡くなり、祖母は長年一人で板橋区のマンションに住んでいたが、僕の両親は実家がある浦安近くの老人ホームに祖母を入れて面倒をみることにした。元々気骨が強く、頑固だった祖母は施設でもプライドが高く、施設内で行われる子供じみたアクティビティには一切参加しなかったそうだが、それが逆に僕たちを安心させた。*1

 

 祖母が倒れてから僕が彼女に会えたのは、今の会社に就職する2年前に一時帰国した時のことだった。今までテキパキ家事をする事が生きがいだったのに、急遽車椅子生活を余儀なくされた祖母は軽い痴呆も始まっていたと聞いていた。僕は母方の祖父が晩年アルツハイマーだったこともあり、「身近な人が死ぬより、身近な人に忘れられる方が悲しい」という持論があったので、祖母に会うのが正直言って怖かった。しかし、祖母は久しぶりに僕を見るなりにポロポロ泣き出した。その様子を見て僕も泣きそうになったが、必死に堪えて日本に滞在中の1ヶ月時間のあるときは会うようにしていた。いや、でもやっぱりあれだけ強く逞しかった祖母が骸骨のように痩せ細っているのは見ているだけで辛かったので、正直義務感で施設に通っていた。つくづく嫌な孫である。

 

 僕がアメリカへ経つ前日。僕は母と共にまた祖母に会いに言ったが、この日まで僕たちはまた僕が海を渡ってしまう事を隠し通していた。いつも通り談笑していたが、秘密を隠している僕と母はなんとなく気まずかった。帰る直前、母が切り出した。「Taiyakiは明日からまたアメリカに行ってきますね」半身麻痺で満足に会話もできない祖母だったが、その言葉を聞いただけで号泣していた。「またすぐ会いに来るから、大丈夫だよ」と僕も安心させるように伝えた。

 

 しかし、今日祖母が亡くなるまで、それが最後の祖母との会話になった。僕は祖母に嘘をついてしまった。奇しくも来週、僕は日本に一時帰国する予定で、母も死に行く祖母にそう言って励ましていたそうだが、僕も彼女も2年前のあの時が何となく今生の別れになるとは分かっていた。だからこそあの時祖母はあんなに泣いていたし、僕も涙を必死に堪えていたのだ。更に最悪なことに、タイミング的にも葬儀にもいけない。僕はあれだけ可愛がってくれた祖母に「さようなら」が言えなかった。

 

 こんな時に思い出すのが映画のことばかりで、本当に不孝な孫だと思うが、僕は今日母から祖母の訃報を聞いた時、先月観た『The Farewell』という映画を思い出していた。

 

 ビリ(オークワフィナ)は幼少期に両親と共にアメリカに移り住んだ中国系アメリカ人。中国に住む彼女の祖母ナイナイ(ザオ・シューチェン)がステージ4の末期ガンにかかっている事を知るが、親族一同その事実をナイナイに隠す事を決める。中国では「癌が人を殺すのではなく、死への恐怖が人を殺す」と伝えられており、それが本人の幸せのためだと言う。ナイナイと最後の思い出を作るために、親戚一同はビリの従兄弟の偽りの結婚式*2を開いて親族が集まる。これはナイナイのための、盛大な良い嘘なのだと。

 

 もちろん、アメリカ生まれのビリには個人よりも和を尊ぶ東洋思想が理解できず、ナイナイに真実を伝えるべきではないのか、と葛藤する。「もしナイナイにお別れが言いたい人がいたらどうするの?私は『さようなら』が言いたい」

 

 一人死へと向かうナイナイと、彼女を喜ばせるために親戚一同があの手この手で盛大なお祝いをするギャップが笑いを呼び、是枝監督の『歩いても 歩いても』を参考にしたと言う撮影も空間の切り取り方に情緒がある。鑑賞当時にはそれくらいしか感想を持たなかったが、今の僕はビリと同じく、お別れを祖母に言えなかった罪悪感を抱えていて*3『The Farewell』を冷静に見れる自信がない。今の僕に出来ることはせめて、言えなかった挨拶をここで書くことだけだ。

 

 さようなら、おばあちゃん。

 

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*1:余談ではあるが、僕の両親は週何回かの高い頻度でホームに足を運んで祖母の様子を伺っており、数日前に危篤の知らせを受けた時に母親と軽い口論をしたのだが、母から「全然おばあちゃんに会ってないあんたに何も言う筋合いはない!」と言われ、僕もそれを持ち出すのは卑怯だ!と起こったのだが、よくよく考えるとそんな冷たい事を息子に思わず言ってしまうくらい母も介護疲れしていたのだろう。

*2:ちなみにビリの従兄弟は日本に住んでいると言う設定で、彼の彼女役に水原あおいが出演している。

*3:正確に書くと、『The Farewell』は映画自体にある大きな嘘が最後で明かされるが、それはご自分の目でお確かめください