何より愛する物よりも大事な問題

 コロナウイルスNBAが中断された時、ファンの間で落胆ムードが漂う中、現役最強選手の一人ヤニス・アデトクンボは自身のツイートで「バスケは二の次」「これはバスケットボール以上の問題だ!(It's more than basketball!)」と書いてファンを励ました。中断が決まった日に試合をしていたダラス・マーベリックスのオーナー、マーク・キューバンは記者会見で「この状況にどれくらい心配していますか?」と聞かれ、「とても心配しているが、バスケに限ったことではない。これは明らかにバスケットボールよりも遥かに大きい問題だ(Obviusly, this is much bigger than basketball.)」と答えた。

 

 ヤニスにとってバスケットボールは人生だ。これは比喩ではない。ヤニスの両親はナイジェリアからの不法移民としてギリシアに移った。ヤニスには国籍がなく、両親はビザがないために定職に就けず、幼少期からヤニスは露天商をして家計を手伝った。バスケと出会ったヤニスは才能を開花させてギリシアのプロチームに入り、やがてNBAでスーパースターとなり貧困から抜け出した。ヤニスにとってバスケは人生を救ってくれたスポーツだった。*1

 

 ヤニスと比べると、球団オーナーのマーク・キューバンは実業家だし大分恵まれているだろう*2。しかし、彼はダラス・マーベリックスの熱烈なファンであったため2000年に球団を買い取り、低迷していたマーベリックスを優勝にまで導いた。試合をスカイボックスシートから高みの見物をすることが多い他の球団オーナーと違い、チームジャージを着てファンに混じってコートサイドで応援しているキューバンは間違いなくヤニスと同じくらいバスケットボールを愛しているといえる。

 

 そのバスケを何よりも愛してやまない彼らに、「バスケよりも遥かに重大な問題だ」と言わせてしまうことが、新型コロナウイルスが猛威を振るっている事態がいかに深刻かを物語っている。

 

 なぜこの話を持ち出したかと言うと、東京都が今週末外出自粛要請を出したことで、シネコン最大手のTOHOシネマズが都内、神奈川県内、埼玉県内の営業を停止したからだ。TOHOシネマズの発表を受け、他のシネコンも相次いで今週末の営業停止を発表した。

 

 感染が日本よりも広がっている北米では既に96%の映画館が閉鎖されており、映画ファンが楽しみにしていた興行収入レポートも届かなくってしまっていたが、いよいよ日本にもその波が来たと遂に実感した映画ファンも多いのではないだろうか。僕もその一人だ。

 

 僕は『ザ・ルーム』を配給する身として、「スプーン上映」を何が何でも実現させようとしていた。劇場との電話会議でも僕は最後の最後まで頑なに通常上映の期間中(3/6〜3/19)、「スプーン上映」をどうしてもやりたいと声を上げ続けたが、結局は叶わなかった。もちろん、まだまだ僕も劇場も実施は諦めていないが、正直先は見通せず、つい数週間前みたいに「世論を無視してやりましょう!」と勢いよく発言する気もあまりなくなってしまった。

 

 我々映画ファンも遂に、何よりも愛する映画よりも、重要な事態に直面してしまったのだ。新型コロナウイルスは人間だけでなく、文化や芸術にも打撃を与える恐ろしい感染症だ。

 

 が、僕らが愛する物を取り返すことだってできる。そのためにも外出自粛や手洗いうがいといった基本的な対策を一人一人がしていくべきだ。正直、ここまで遅くて酷い対応をしてきた国や都に従っているような気がするのはムカつくけれど、彼らのためにやってないと言い聞かせよう。愛する映画やバスケを普通に楽しむ日常を取り戻すために、僕らも恐れずに家で戦うのだ。

 

コンテイジョン (字幕版)

コンテイジョン (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

*1:参考文献:

*2:とはいえ、キューバンもブルーカラーの出身で、自分で稼いだお金で大学へ行った苦労人だ。