新型インフルエンザに(恐らく)感染していた時の話

 今年はもう何と言ってもコロナの年ですが、人類はコロナの前にも何度も感染症の危機と戦ってきました。僕が高校3年生の時、新型インフルエンザが日本で大きなパニックを起こしました。そして、よくよく考えてみると、そういえば僕は新型インフルに罹っていたんだなぁ、ということを最近思い返しました。(以下に登場するクラスメートの名前は全て仮名とします)

 

 当時、僕は刑務所のような全寮制の高校に通っていました*1。僕は進学クラスに属していたのですが、今になって思い返すと、何というか殺伐とした空気があの教室に流れていたような気がします。元々、全寮制とあって学校が必要以上に受験勉強へのプレッシャーを煽っていたのもありますが、医者の子供が多く通っていたこともあり*2、彼/彼女らの多くは家の病院を継がなければならない重圧も背負っていたのでしょう。お互いを助け合う余裕もなく、皆精神疲労が限界の状態で机に向かっていました。

 

 「受験は夏が勝負!」というのは古より伝えられしスローガンですが、やはり僕のクラスメートの多くも勉強に集中するため、夏休みに2週間程度宿泊することを選びました。この延泊は学校では「合宿」と呼ばれて、受験学年のみが寮に泊まることを許されていました。しかし、合宿初日、クラスメートのN君の体調が明らかによくありません。汗が出続けていますし、顔は真っ青ですし、咳も止まりません。

 

 「お前、インフルじゃないか…?」と僕たちはN君に聞きますが、N君は笑いながら「いや、絶対違うから」と答えました。当然です。受験というプレッシャーに襲われていた我々進学クラスの心の狭さは、ニューイングランド地方に移住したばかりのピューリタンと同程度です。ここでN君が新型インフルに感染していたと分かれば、N君は即座に「帰れ!」と皆から罵倒を浴びさせられるに決まっています。寮での貴重な勉強時間を奪われたくないN君にとって、我々は松明を持った魔女狩りとなんら変わりなく見えたのでしょう。

 

 しかし、案の定、翌日からN君は来なくなりました。先生は「N君はインフルエンザだったので、家に帰りました。」とクラスに通告しましたが、誰も心配する声はなく、HRが終わった後に轟いた怒声は「あいつマジフザケんなよ!!!」でした。その後、今度はT君が明らかに体調を崩して消え、翌日にはF君、さらに翌日にはS君と、一人一人クラスから姿を消しました。もちろん、体調が悪そうに見える生徒には「感染す前に帰れ!」という心のない声が浴びさせられていました。僕も当時は受験のプレッシャーでかなり心が荒んでおり、独善的でしたので、新型インフルに罹る人たちを「迷惑」としか捉えていませんでした。

 

 4日ほど経った頃でしょうか、僕は悪寒で目を覚ましました。汗も止まりませんし、次第に咳も出てきました。僕は恐怖しました。巷を賑わせている新型インフルエンザにかかったことにではなく、クラスのみんなから魔女狩りに遭うことにです。松明持って追っかけていた側から、十字架に磔刑にされる側に立場が逆転してしまいました。

 

 とにかく、自分が体調が悪いことを悟られてはいけません。幸い、合宿といってもほとんどは自習でしたので、僕は気合いで咳を死ぬ気で押さえ込み、どうしても無理な時はトイレなどでスッキリするまで咳き込んでやり過ごしました。

 

 しかし、寮室に戻っても流石に勉強する気など起こりません。寮監督に体温計を借りたところ、39℃以上を記録していました。僕はこれは「ただの風邪」だと言い聞かせて自分を騙し、自販機でポカリを買って飲みまくり、とにかく寝まくって発汗とオシッコで病気と闘うことにしました。

 

 ほぼ1日寝ていたのですが、覚えているのはあまりにもキツくて夜目が覚めてしまったことです。当時僕はMDコンポを自室に置いており、そのコンポは音楽を再生すると赤いランプが光りました。多分世界史の年号の暗記法か何かを聞きながら寝ていたのだと思いますが、その赤いランプのせいでターミネーターに命を狙われる幻覚を見て、「助けてぇ…助けてくれぇ…!!」と、か細く泣き叫びました。

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 今思い返すと、これって意識障害を起こしていたので、かなり重症だったはずです。医者にも行かず放って置いたのはかなり愚かな選択だったと思います。もちろん、寮に残ったってこんな状態で勉強なんかできる訳ないですし。しかし、気力が通じたのか、明くる朝は汗でビショビショになったシャツの気持ちのいい涼しさで目を覚まし、熱も下がっていました。何食わぬ顔でクラスに向かい自習を続け、なんとか合宿をサバイブできました。

 

 その後、自分のクラスで続く退場者が出たかどうかは覚えていません。だって自分さえ良ければ良かったので。この話も、つい最近友人と話している時にフラッシュバックのように蘇りましたが、きっと自分の中では「風邪だ」と言い聞かせて処理していたからなんでしょう。

 

 今では僕は笑い話だとは思っていますが、このコロナ禍でも病気に罹った人を責めたり、コロナに罹って苦しい思いをしたのに謝罪する人がたくさんいます。僕の話から学ぶことがあるとすれば、感染症に罹った人を責める雰囲気は、逆に患者が情報を隠蔽することに繋がり、感染症の収束に逆効果、ということです。皆さん、心には常に余裕を持って、病人には優しく接しましょう。それでも、このご時世ですから、どうしても怒り足りない人はいると思うので、その全てを政治家にぶつけましょう!

 

 ちなみに、パンデミックの元となったN君は現役で医学部に合格し、僕は一浪しても第一志望の学校に行くことはできませんでした。チクショウ!

 

コンテイジョン (字幕版)

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*1:散々コスっている話ですが、僕は『ハリー・ポッター』に憧れてこの学校に入りました。しかし、蓋を開けてみると、登校時はゲームや漫画などの不用品を持ち込んでいないかくまなく手荷物をチェックされ、携帯も禁止され、TVは食事の時のNHKのみでした。ある時、そのNHKのニュースで刑務所の特集、というものがやっており、その受刑者の生活スタイルが僕らの学校生活となんら変わりないことに強い衝撃を受けました。他室訪問は禁止され、就寝時間後は寮監や先生が見回りをしています。僕はホグワーツに憧れていたはずなのに、入学してみたらアズカバンだった、というオチです。

ハリー・ポッターとアズカバンの囚人 (吹替版)

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*2:卒業から10年以上経っているのに、今でも医学部に入るように親から泣きつかれた為に、人生を狂わされた友人とか見ると、僕は医者の息子でなくて本当に良かったと心の底から思っています。