「アジア系へのヘイトをやめろ!」運動について

 今日Clubhouseを覗いたら、参加者全員が「#JusticeForVichaRatanapakdee(ヴィチャ・ラタナパッディに正義を)」というハッシュタグで白髪のメガネをかけたおじいさんを囲ったアイコンをしている部屋があった。大抵の場合「#正義を」なんて書かれたハッシュタグにはいい予感はせず、気になったので調べてみると、実は現在全米で新たな大きな運動が展開されていて、自らのアンテナ感度の悪さに恥を知った。

 

 ヴィチャナ・ラタナパッティさんはサンフランシスコに住む84歳のタイ移民*1だった。彼は近所では毎朝1時間散歩することで知られており、つい最近新型コロナウイルスのワクチン接種も受けたばかりで、パンデミックの中でも元気に健康に過ごしていた。

 

 突如悲劇が襲ったのは、先月28日。いつものようにヴィチャナさんが近所を散歩していると、19歳の男が突然彼にめがけて突進してきた。地面に激しく叩きつけられたヴィチャナさんは脳出血を起こし、そのまま帰らぬ人となった。

 

 コロナ禍が始まって以来、世界中でアジア人が理不尽な差別と暴力の被害に遭ってきた。もちろん、正確にはBLMの前から黒人差別は永く存在していたように、コロナ禍の前からアジア人への嫌がらせはあったが、コロナがアジア系への差別を加速した。批判にも関わらず、ドナルド・トランプが「チャイナ・ウイルス」や「カンフルー((Kung flu. カンフー(Kung Fu)と風邪(Flu)の造語。ブルース・リーに蹴り飛ばされればいいよ。」などと心無い言葉を多用したことも手伝い、これらの言葉をそのままアジア人たちに浴びせる加害者たちも目立った。

 

 アジア系は文化的に寡黙なので、特に嫌がらせの被害に遭いやすい。ヴィチャヤさんの娘も昨年、公共の場で酷い差別を受けてきたが、無視をすることでやり過ごしてきたという。が、ジョージ・フロイド事件をきっかけにBLMが拡大したように、ヴィチャヤさんの死がアジア系たちの堪忍袋の尾を切った。6日前にこのニュースが報道されると、全米で「#StopAsianHate(アジア系へのヘイトをやめろ)」運動が隆起し、デモが展開されている。

 

 さて、何故僕が「恥じている」のかというと、この運動のことを見逃していたからだ。全米のスポーツ局であるESPNがアジア系への連帯を示すTweetをしていたのだが、僕はてっきりその数日前に行われたNBAトロント・ラプターズミネソタ・ティンバーウルブズの話だと思ったからだ。

 

 というのも、今季の全体ドラフト1位である大型新人アンソニー・エドワーズ渡邊雄太に強烈なダンクをお見舞いしており、渡邊雄太がネット上でからかわれていたのだ。しかし、ビーフやトラッシュトークが魅力の一つであるNBAでは伝統的に、ハイライトに残るようなダンクをかまされた選手は、解説者やファンからバカにされる傾向があるので、それ自体に問題はない。ただ、今回ダンクの被害に遭ったのは渡邊選手はリーグでも珍しいアジア人だったので、確かに一部酷い物言いをする人もネット上では散見された。

 

 

 とはいえ、そんなのは少数で、まさかESPNがここまでシリアスに捉えているとは思わなかったので、この声明にはビックリした。渡邊雄太ESPNの反応を結びつけたYouTube動画もあって僕も大して調べもせず信じ切ってしまっていたが、事の真相はたまたま時期が被っていただけで、ESPNがかの声明を出したのは冒頭に述べた事件のためであったのだ。ESPNだけでなく、名だたる企業が「#StopAsianHate」を投稿して連隊を示している。つい先日、日系人の強制収容にバイデンは謝罪したけれど、この流れもひょっとして汲んでいたのではないだろうか。

 

 ところで、勘違いついでに余談を書いておくと、今でこそ八村塁や渡邊雄太のお陰で、日本人の活躍がハイライトで取り上げられるような夢のような時代が来ているが、NBA内でもアジア系への差別や偏見の黒歴史がある。1947年-1948年に史上初めて非白人としてドラフト指名されたワッツ・ミカサは、ルーキーイヤーにシーズン途中で解雇されたことに始まり、NBAチームがアジア系を採ることは稀だ*2

 

 八村塁や渡邊雄太が活躍する前は、ジェレミー・リンがアジア系NBAプレーヤーのスターだった。しかし、リーグ史上初の台湾系アメリカ人であるジェレミー・リンは、高校や大学で非凡な成績を残していたにもかかわらずドラフトされず、3年ほど下部リーグで過ごす。リンは2012年に「リンサニティ」を起こして全米を熱狂させたが、その後のキャリアではいろんなチームを転々とし、最後には2019-2020シーズンのトロント・ラプターズに途中加入したものの、ほとんどプレーオフでは出させてもらえなかった。皮肉にもその年、リンは優勝したけれど、オフシーズンに放出されたことはリンのプライドを酷く傷つけてしまった。  

 

 リンはその後中国に渡り、CBAの北京ダックスで1年プレーしたのち、今シーズンからはアメリカに帰って来てゴールデンステート・ウォリアーズの下部組織に所属している。彼のキャリアを軽く振り返るだけで、いかにNBAがアジア系にとって風当たりの強い場所かが伺えるだろう。同じ日本人として、八村塁や渡邊雄太の活躍は誇らしく嬉しいが、同じアジア人として、ジェレミー・リンにも再度スポットライトが当たることを願ってやまない。

 

 最後に話を戻すが、アメリカに住んでいたアジア人として、#StopAsianHateを通し、アメリカがアジア人にとって住みやすい国なるよう、変革することも祈っている。

 

 

*1:ツイッターではタイ系アメリカ人と書いてしまったが、正確にはタイ移民でした。お詫びして訂正します。

*2:そんな環境の中でロケッツの永久欠番を残すほどのインパクトを残したヤオ・ミンは改めて凄い