今年の秋に参加した映画の現場での出来事。この映画は日本に住んでいるアメリカ人の舞台役者が自らの来日体験をベースにした自伝的映画であり、その日は主人公が不動産屋にアパートを借りに行くが、立て続けに断られるシーンを撮影する予定でした。
すると、ロケ地まで移動するバスの中で、普段よく分からない電話やタバコを吸っているくらいしか姿を見かけないプロデューサーがこんなことを言い出しました。「台本の中の『ノー外人』って、やめたほうがいいんじゃないですかね?」つまり、コンプライアンス的に、「外人」という差別用語が引っかかるので、撮影直前になって使うのは止めた方がいいとのことだったんですね。
結局、監督は彼の意見を飲んで「外人」ではなく、「外国人」という言葉にセリフが変わりました。監督はこれが初監督作だったし、何よりこの現場がトラブル続きだったので、穏便に済ませたかったことも関係しているんでしょう。が、大した発言権もない一スタッフの僕は静かにこの決断に怒っていました。こういう時だけ余計な発言をして現場を混乱させるプロデューサー*1と、そして何よりも監督の意思の弱さに対してです。
なぜならば、先ほども言ったようにこれは監督自身の体験をベースにしている作品だからです。実際、外国人が不当に申請を却下されるケースは跡を経ちません*2。不動産屋から「ノー外人」とつっかえされたのは監督が実際に日本で受けた差別体験であり、まだ蔓延る差別の実態を描き出すなら「外人」ほど的確に言い当てる言葉はありません。
しかし、この映画の場合は映画の最高責任者であるのは監督であり、僕にとっては究極どうでもいい話です。さて、自分のケースになりますが、僕は先日クリスマスを題材にしたスケッチコントを出しました。
そしてTikTok上でこのコントを見た人から、僕が書いた「ゴチャゴチャうるせーぞ、この外人が!」という台詞に対し、「外人という言葉を使うな」という趣旨のコメントが多くきてましたので、僭越ながらこの機会に反論させていただきます。これはポリティカル・コレクトネスというものを履き違えていると思います。
PCをシステマティックに当てはめ、コンプライアンスを恐れて潔癖症のように言葉狩りをすること*3は、逆説的にポリティカル・コレクトネスの本来の目的を見失わせます。
例えば、英語には「ニガー(あまり簡単に書くのも憚られる言葉なので、以後はNワードと記します)」という黒人への差別用語があります。アメリカは日本以上にコンプライアンスに厳しい国ですし、SNS全盛期の現代でその傾向は益々強まっています。
ですが、Nワードは映画やドラマにおいて頻繁に登場する言葉でもあります。それは黒人を差別する酷いキャラクターのセリフとしてです。平気でヘイトを行うような人が黒人をナジる時に「黒人(Black)」や「アフリカ系(African)」などポリコレに配慮した言葉を使うわけがありません。
もちろん、作品のトーン、ターゲット層、テーマにもよるので、悪役だからといってNワードは軽々しく使っていいセリフでもありません。ですが、Nワードという観客がギョッとするような言葉をキャラクターに使わせることで、いかにそのキャラクターが邪悪な人間か理解することができ、また差別行為そのものの問題性や暴力性を浮かび上がらせることもできます。
つまり、ここで大事なのはNワードが使われた文脈です。そして、物語上こういった差別用語が使われることで、観客は日常生活やインターネット上で差別用語を使うことが如何に酷いことか、より政治的正しさに自覚的になれるでしょう。
余談ですが、当ブログでたびたびレビューしている『サウスパーク』には、あらゆる人種・ジェンダーに対する差別用語や描写が出てきます。放送当初から数えきれない人を怒らせてきたのは事実ですが、一方で14年経っても一回も打ち切られたことはありません。なぜなら『サウスパーク』は常に差別を風刺の対象として、あるいは批判の対象として描き、問題の本質を正確に突き続けてきたからです。
では、一旦話を僕のコントに戻しましょう。こちらのコントはサンタが入管に尋問される内容ですが、わざわざ分かりやすく「名古屋」という言葉を出しているので聡明な皆さんならお分かりの通り、ウィシュマさんの悲劇などで悪名高い日本の入管の酷い対応を風刺したものです。*4
外国人だからという理由で、相手がサンタクロースでも差別的で暴力的な扱いをする入管職員の恐ろしさを表現するセリフとして一番効果的な言い回しはなんでしょうか?
是非文脈を読んでお考えください。この話はこれっきりにしますので。
*1:大体、そういう指摘は脚本ができた段階ですべきであり、間違っても撮影開始直前のバスの中ですら会話じゃない
*2:大概データを出せと言われるので、先に釘を打っておきます
*3:これもいちいち注釈しないといけない世の中が面倒くさいのですが、ポリティカル・コレクトネスを無視するな、と言っているわけではないですからね
*4:また、僕がもう一つコメント欄で残念だと思うことは、ウィシュマさんや入管について触れたものが少なすぎる件です。あまりにも条件反射的に飛びつきすぎですし、『外国人が日本人に道を聞いた結果…』というコントであれだけ「日本ではこんなことを起きない」と憤っていた人が多かった割に…です。