映画において解像度が全てではないワケ

 最近、撮影へのモチベーションが上がりまくっていて、カメラリグの組み立て方や撮影テクニックのYouTube動画ばかり観ています。そのせいでアルゴリズムが変化して色んな映像製作系オススメを出してくるのですが、今日見たこれが非常に面白かったので、映画ファンの皆さんにはオススメです。

 

 超かいつまんで話すと、最近カメラの性能がぐんぐん上がり、民生用のカメラはおろか、iPhoneですら4Kで撮影できるくらいハイテクな世の中になっています。Sonyのa1などは8Kで撮影できるくらいとにかく高解像度が求められる世の中になっていますが、この動画では解像度が高ければいいってものではない、ということを述べています。

 

 例えばですが、絵画には現実のものをなるべくリアルに描こうとする写実主義的表現手法があれば、感情を表現するために現実の事象を抽象に描く表現主義的な手法もあります。リアルに描くか、抽象的に描くか、それは本来は芸術の表現手法の選択でしかないのです。

 

 解像度も全く同じことが言えます。解像度は要するに色がついた点の集まりでしかありません。この点が多ければ多いほど解像度が高くなる、つまり現実世界をよりそのまま映像のデータに落とし込むことができるのですが、映画表現も絵画も同じで、時としては解像度が低い方が望ましい表現が場合があります。

 

 よくテレビが高画質が高くなるにつれ、俳優のシワやニキビまで見えるようになってしまった、という冗談を聞くと思います。これと同じで、高画質のデジタルカメラは全てのディテールを捉えてしまう一方で、16mmフィルムなどで撮影するとこうしたシワやアラなどは平坦化されます。が、人間の目も実は細かなディテールを省いて情報を脳に送り込んでいるので、こちらのほうがより自然な表現になるのです。

 

 また、この動画の投稿者は、ハリウッド映画のエキストラが近年美男美女化していることも指摘しています。ここではシャマラン監督の『OLD』が引き合いに出されていますが、確かにラボの研究所にいる人間が全てモデル体型のイケメン・美女ばかりでは、いささか多様性に欠けます。また、Netflixやマーベルなど、規定以上の高画質を記録するカメラでないと、企画が通らないスタジオすらあります。これは僕の言葉ですが、ハリウッドが「潔癖化」しているのではないでしょうか。

 

 ただ、逆説的に高画質が悪いというわけでもありません。前述しましたが、芸術の表現は全て選択です。予算、テーマ、時代、設定、撮影手法…その他諸々の条件を勘案して解像度というものは選ばれるべきなのです。Apple製品のように全てがハイスペックを要求されるブロックバスターがあれば、町工場のように工夫とアイディアで味を出すインディーズ映画もある。8Kも16mmも同等に存在するから、映画は面白いんですね。