先週末『ミッション:インポッシブル/ファイナルレコニング』をグランドシネマサンシャインのIMAXで観てきました。結論から先に書いちゃうけど、ものすごく退屈しました。僕は『ミッション:インポッシブル』シリーズの大ファンだったし、トム・クルーズの映画も好きだったので、シリーズ(一応の)最終作と謳う本作にもそれ相応の期待はしていたんですが、自分でもビックリするくらいガッカリしました。(以下、ネタバレしています。)
理由はハッキリしていて、170分もあるのに、見せ場が中盤の潜水艦とクライマックスの複葉機シークエンスのほぼ2つだけに集中しているんです!厳密に言うと他にも細かいアクションはありますが、ぶっちゃけ他のアクションシリーズでも見れるようなアクションばかりで、我々がトム・クルーズに求めている超絶スタントアクションはこの2つだけだと言っても過言ではないでしょう。
もちろん、潜水艦のシークエンスも複葉機のシークエンスも両者ともかつてないほどのスケールでスタントが展開されていて、流石に胃がキリキリするくらいハラハラと楽しみましたが、一方でどうしても既視感があるんですね。潜水艦は『ローグ・ネイション』での水中ハッキングシーンを思い出しましたし、複葉機の空中戦は『フォールアウト』のヘリコプターぶら下がりを想起させました。
更に、トム・クルーズがラスボスと戦っている最中に味方が核爆発を食い止めようとするクライマックスは、奇しくも(?)『フォールアウト』と全く同じ展開ではありませんか。少なくとも、これまでの『m:i』シリーズはスタントの手数の多さで勝負していたはずなのですが、ここに来て焼き直し感を感じさせたのは残念でした。
さて、この焼き直し感のあるアクションの間、本作はどのように170分もある尺を進めているかというと、複雑怪奇なプロットで繋いでいるんですね。複雑、と言ってもこれが例えば『2001年宇宙の旅』みたいな哲学的テーマがあったりとか、『マトリックス』みたいに深く設定や世界観が考え抜かれていたりだとか、『ミッドサマー』みたいに芸術的に要素から色々な事を読み解く必要がある映画では断じて無いんです。
本作の異常なまでの複雑さは、これまた制作段階における異常な計画性の無さから来ていると推察します。クリストファー・マッカリーが合流したあたりからの『m:i』シリーズは、完成台本なしで撮影を進めていく香港スタイルの制作で有名です。とりあえずおおまかな展開だけ決めて、まずは撮りたいスタントだけ撮影し、脚本の細かい部分は後から考えながらドラマパートを撮るという手法を取っていました。
これは毎回文字通りトムの命を賭けた非常に危険な撮影を行なっていたので、保険をかけるという意味でもこれはこれで本シリーズの正しい撮影方法だったと思います。事実、その類を見ない超絶スタントでプロット上の細かい粗が気にならなくなる作風は成功していて、僕はその歪さゆえに『フォールアウト』をシリーズ史上最高傑作として高く評価しています。
ところが、本作に限ってはその魔法が上手く効いていません。前述のようにアクションとアクションを繋ぐドラマが無駄に長すぎるからです。そしてエンティティ=AIの恐怖を描くドラマパートが大変飲み込みづらく、前作からそうですが何故エンティティがここまで強大で恐ろしいAIなのか、非常にフワッとしているのです。
例えば、本作ではエンティティが強力すぎてカルト的な信者を産んでいることを示唆します。これは現在のAIのあり方や、世界中のポピュリズム政治家の熱狂的なフォロワーを風刺したもので、「お前はインターネットの見過ぎなんだよ!」というどストレートなセリフも出てきます。が、本作で描かれるエンティティのできることがあまりにも無限大すぎて逆に説得力に乏しく、ここまでカルト的な信仰を生むのも飲み込みづらいです。
そういえば、エンティティとイーサンが会話をするシーンが劇中ありましたが、これなんかはもうMCUに出てくる超自然的な存在と会話をしているシーンみたいで、全然世界観がハマってなくてノイズでしかなかったです。
そして、もう一つ本作のドラマがうまくいっていないのは、シリーズの最終作として無理やり全てのシリーズに目配せしているからです。もともと『m:i:iii』でイーサンが結婚するまでは、毎回監督違う監督を呼んで異なる演出を楽しむのが『m:i』シリーズでした。イーサンがIMFから難関なミッションを受ける、という基本プロットだけが一緒で、ルーサー以外のキャラクターは続投しない、独立性が非常に高いシリーズでした。
それが『iii』以降はベンジーなども加わったりして、いつの間にかシリーズの底に大きく流れるファミリー感みたいなのが出来てきたのですが、それを実は伏線だったかのように全て繋げようとする作りは、無駄に壮大でかえって話を長くややこしくしていました。もともと1話完結の別々の話だったので当然です。『iii』のマクガフィンだった「ラビットフッド」に今更大きな設定を与えていたのは悪い意味で驚きましたし、しかも別にその設定があまり意味を伴っていなかったので呆れてしまいました*1。
前述した通り、スタントありきで作ってきたので、プロットに齟齬があるのは仕方がないし別にいいんですが、本作ではアクションを立たせるために存在していたプロットに、無駄にいろんなテーマや意味を持たせようとして、結果説明セリフが非常に多くなりノイズとなってしまいました。そしてそのノイズに無駄に時間を割いているので、更に退屈まで生んでしまっているのが最終作なのはとても悲しい。
悲しいついでに書くと、ルーサーですね。そもそも彼がなんで病に伏しているのか、こんなに説明だらけの映画なのにその説明が全然なく、そして冒頭で退場させてしまうのはとても悲しくなりました。一応、最後にルーサーからのメッセージがドラマ的な機能をしているのですが、脚本の舞台装置にしか見えないのも残念でした。
でもまあ、シリーズも30年間続いていたのでね、限界は迎えつつあったのでしょう。皮肉なしに、60超えてなお観客のために全力疾走をするトム・クルーズには感謝の念しかありません。どこかの考古学者みたいに、無理に復活することがないことを祈りつつ…。
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