今日は仕事終わりに『スーパーマン』観てきました。TOHOシネマズ日比谷のIMAX。疲れてたのでワンチャン寝るのでは…と危惧していたのですが、トンデモない!非常に面白い作品に仕上がっていてとても良かったです。
『スーパーマン』はこれまで何度か映像化されてきて、しかし映画化するにも難しいヒーローだと思うんですよ。なにせ原作が生まれたのが1938年で、当時としてはウケていた赤いブリーフとケープに青いスーツのアメリカンカラーのヒーローって、現代のデザイン的観点からは物凄くダサいハズじゃ無いですか。今のアメコミヒーローの源流に位置するようなヒーローなので、1970年代まではある種の朗らかさで鑑賞に耐えうる映画になっていたと思いますが、どうしても映画表現や技術が向上しリアリズムが求められていくにつれ、2000年代以降は映画化が難しいヒーローだったと思います。
2006年には『スーパーマンII』の直接の続編として『スーパーマン リターンズ』が作られ、それはドナー版への愛に満ちた作品ではあったものの、やはり時代性に見合わなかったのか興行的にはイマイチで続編計画は頓挫しました。2013年の『マン・オブ・スティール』はザック・スナイダー印の超シリアスムードで、破壊描写は景気が良かったもののDCEUの方向性のバラツキと神話を追い求めるザック・スナイダーの作家性が爽快感に欠け、これまた今回改めてのリブートに繋がったことは今更言うまでも無いでしょう。
なので『スーパーマン』と映画の掛け合わせは非常に難しいところで、今回も予告編のシリアスさからあまり上手くいかないんじゃ無いか?などと危惧していたんですが、ところがどっこい!漫画だ!漫画がそのまま実写映画になった!と本作のウルトラポジティブさに僕は感動しました。『マン・オブ・スティール』がめっちゃ濃いブラックコーヒーだとすると、今回の『スーパーマン』はポカリスウェットの清涼感。全く違う味なんですよ。
この『スーパーマン』、新生DC映画の1作目にも関わらず、色んなヒーローやヴィランがほとんど説明もなくいきなり登場するんですね。ただ、これが昨今のMCUのような今後のクロスオーバー計画の消費という訳ではなく、それぞれのキャラ立ちがしっかりしていて、あくまでも『スーパーマン』のドラマや物語を補完するための存在なのがとても良かったです。
そして、それぞれのヒーローやヴィランがバカみたいみ漫画から出てきたデザインなんですけど、それがまるで違和感ないのが凄いと思いました。特にスーパーマンの愛犬クリプトも漫画やアニメだからこそ成立するキャラクターだったはずが、本作ではキチンとドラマとして組み込まれ、さらにスーパーマンのメンタルをサポートするキャラクターとして重要な役割を与えていて、感心しました。また、この辺は動物愛好家のジェームズ・ガンだからこそうまくいった演出でもありました。
また、『スーパーマン』の実写化が難しいのはスーパーマンが文字通り超人だからで、そんな完璧無欠なキャラクターを起伏のある人間にするのは難しいのですが、本作は「弱い」のがとても感情移入できて良かったんですね。「弱い」と言ってもザック・スナイダーみたいに己を求めて旅をするようなジメジメした感じではなく、その「弱さ」を決して人前では見せないようにするからこそ苦悩する、我々人間と同じような「弱さ」なのが良いんですよ。完璧無欠であろうとするからこそ失敗するし、戦いにも負ける。でも、だからスーパーマンは人間と同じなんだと言うメッセージはいたく感動しました。
なお、本作はアメリカでは保守系メディアにより軽く炎上気味です。ジェームズ・ガンが「移民の物語」とインタビューで答えたからなんですね。分断が深刻なアメリカではボイコット運動も起きているようです。でも、映画を見ると分かりますが、本作は確かに移民の物語ではあるんですが、そんなに説教くさくしていないバランス感も素晴らしいと思いましたし、その上でメッセージが明確に伝わってとても良かったと思うんですよね。ただ、SNSで悪口を打ち込んでいるのは猿というのは、明らかに私怨が込められていて笑いましたね!
