Instagramのリールで回ってきて初めて知ったのですが、ダグ・リーマン監督で制作中の『Killing Satoshi』という映画があります。こちらはビットコインを発明したとされるサトシ・ナカモトに関する伝記スリラーだそうで、ケイシー・アフレック、ピート・デヴィッドソン、ガル・ガドットといった名だたるスターが出演します。
……これだけ聞くと大変面白そうなのですが、この映画がもう一つ異色なのはAIを使って撮影されるそうです。AIなのに生の俳優が出演?と思った方もいるかもしれません。この映画、ロンドンのスタジオでグレーバックのクロマキーセットを作り、俳優がそのセットで演技したのを実際に撮影するものの、背景や照明、VFX、美術などは全て生成AIで再現する驚愕のプロジェクトです。つまり、画面に映る生身の人間以外の可視物は全てAIになります。
プロデューサー側は、この手法によって本来なら約3億ドル規模になり得る作品を、約7,000万ドルで作れた、つまり約2億3,000万ドルのコスト削減になったと主張しています。そりゃロケーションも探さなくていいし、人件費も機材費も何もかもが圧縮されるので当然です。ですが、ギャファー(照明部)や美術部、VFXチームといった当事者たちにとってはたまったものではありません。
先のSAG-AFTRAのストライキではAIから俳優の仕事を守ることも論点になりました。ケイシー・アフレックもピート・デヴィッドソンもガル・ガドットもストライキ中は脚本家や俳優たちに寄り添った発言をしていたのに、自分たちの権利だけが守られればスタッフの仕事は無くなってもいいのでしょうか?
そう、まず一番大きな問題は、監督やプロデューサー、俳優といった比較的権力がある役職の人たちの仕事だけが守られる制作スタイルになります。しかも、僕がよりこのニュースに憤りを覚えるのは、現場スタッフの人権だけでなくて彼らが生み出すクラフトマンシップというものを軽視しているからです。
背景も照明も美術も小道具も、何も単なる「後ろに写ってるもの」ではありません。演出・感情・空気感を大きく左右するものです。『スター・ウォーズ』のプリクエルの公開時、当時としては最先端すぎたオールグリーンバックの撮影手法には俳優たちの困惑を呼びました。ジョージの頭の中以外で何が起きているか誰も分からないので、どう演技したらいいかが分からないのですね。そのグリーンバック撮影への反省からLEDスクリーンに進化へ向かっていたところ、今度は最悪の方向に退化したと思います。
もちろん、僕はAIはとても便利なものだと思いますし、業務が効率化するためなら積極的に活用するべきです。ただし、それは仕事の質を良くするために使うべきであって、そのために作品のクオリティが下がってしまうのでは本末転倒です。とはいえ、まだ公開前の作品なのでこれから予告編などが見えてきたらより深めた議論をする価値がありそうです。
