『ソー3:ラグナロク』(1987)予告編

今年のベストフェイク予告大賞を差し上げます。

 

 

ロッテントマトってそんなに大事かね?

 今日は『ジャスティス・リーグ』のロッテントマトが腐ってたとかどうとかでTLが本当にうるさかった。

 とはいえ僕もちょっと前までは新作映画が公開されるたびにロッテントマトのスコアを観ていたので気持ちはわからなくもない。ただ、ロッテントマトってそんなに偉大なのだろうか?

 

 勘違いする人は多いが、ロッテントマトのスコアは映画につけられた点数ではなく、ロッテントマトに集められた批評のうち、どれだけの割合の人が褒めた評価を下しているか集計した結果でしかない。その数字にはそれ以上それ以下のなんの意味も持たないし、重要なのは批評家が書いた評の中身である。ただ、数字というのは大変わかりやすい記号なので、映画の良し悪しを語る時に安易にロッテントマトのスコアが出がちなのである。

 

 ロッテントマトのスコアは興行にも影響を及ぼすほどになったが、最近のロッテントマトのタチが悪いのは自分の数字の影響力に半ば自覚的なところだ。そして映画ファンも見事にロッテントマトが褒めた映画は褒めるし、貶す映画は一様に貶す。まるでロッテントマトのスコアを確かめに映画を見ているかのようだ。

 

 ただ冷静になって考えてみてほしい。100人の批評家から集められたとある映画のスコアが10%だったとしよう。90人の批評家にとっては悪い映画でも、残りの10人にとってはいい映画だということだ。自分がその10%に入らないという保証はどこにある?

 

 映画鑑賞とは個人の経験や体験、主観と結びつかずにはいられないものだ。批評家に嫌われたってたまたま自分の趣向にヒットした作品もあれば、逆に批評家にはウケたが自分の信条に合わずに嫌いになった作品もたくさんある。僕も一丁前に星の数で映画に評価を下しているが、あくまで自分にとっての記録のようなものでそれが誰かの参考になるとはこれっぽっちも思ってはいない。

 

 結局、映画が面白いかどうかを決めるのは自分自身だ。ロッテントマトの数字なんかチェックしている暇があったら一本でも観て自分にとっての傑作を探したほうがよっぽど有意義だと思う。

 

 ちなみに今日『ジャスティス・リーグ』を観に行ったが、僕は面白かったよ。僕はね。

Justice League

Justice League

 

 

子供の日常はパーティーだ/『The Florida Project』★★★

 カンヌ国際映画祭の監督週間で上映され話題となった『The Florida Project』を鑑賞。『タンジェリン』のショーン・ベイカーが監督・製作・脚本・編集をこなした。ウィレム・デフォーを主演に、ブルックリン・プリンス、ブリア・ヴィナイティア*1など新鋭が集う。

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*1:この苗字、読み方が難しすぎてアメリカ人も困るほどであった

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怠けてるわけじゃないんだから!

 仕事終わりに映画を観るとどうもブログを書く時間がありません。そして映画を観たところでその感想をブログにじっくり書く時間が最近ないのでもどかしいですが、頑張ります、はい。

巨大不明生物襲来

 先週末からアクセス数が激増していたので何事かと思っていたら、テレ朝の『シン・ゴジラ』放映に合わせてうちのブログの『シン・ゴジラ』関連の記事にアクセスが集まっているのでありました。

 

 

 

 事実僕のツイッターも最近は数ある最新作を押しのけて『シン・ゴジラ』一色で、公開から一年も経っているのにまだ語る余地のあるは肯定的意見につけ否定的意見につけ如何に『シン・ゴジラ』が熱の篭った作品だったかが伺えます。

 

 そういえば今週末日本ではシリーズ初のアニメ長編『GODZILLA 怪獣惑星』が公開されるそうですね。こちらも脚本が虚淵玄が脚本ということで劇場で見れないのを大変やきもきしていたところ、日本公開後には期を待たずしてNetflixで全世界同時配信されるそうで。映画産業のパラダイムシフトが変わっていく中で、未だにゴジラが元気よく暴れているをリアルタイムで追えられるのは幸せなことなのかもしれません。とは言ってもやはり劇場で観たかったけど…。

 

シン・ゴジラ

シン・ゴジラ

 

 

NYにはアレが無い!

 この間、近所の和食料理屋に行ったんですけども、まあこれが中国人経営のなんちゃって和食屋でして。とはいえ、アーカンソーで舌を育てたものですからたまにはこういう偽物の味が恋しくなるわけです。メニューを開くと案の定「ヒバチ*1」とか書いてあってしめしめと思って注文したんです。 ああ、久しぶりにヤムヤムソースたっぷりかけたヒバチが食べたい…。

 

 ワクワクして待っていると、それはヒバチとは程遠いただのチャーハンが出てきた。いや、ただのチャーハンならまだ許せるが、ヤムヤムソースが無いではないか。こっちはヒバチが食べたいというか、ヤムヤムソースを味わいたいのだ。店員さんにミスを指摘してあげる。「すみません、ヤムヤムソースが無いんですけど」「え?何ソース?」「だからヤムヤムソース」「…ヤムヤムソースってなんですか?」天地がひっくり返るほど驚いた。

 

 その店員さんは店長らしき人を呼んできてくれたが、その店長もヤムヤムソースがなんなのか分からない。というか、このブログを読んでいる大半の人もわからないだろうが、ヤムヤムソースはヒバチという鉄板料理にかける甘ったるいソースである。田舎の太っちょアメリカ人はインチキ和食屋に行ってはヤムヤムソースを米にぶっかけて「日本のヤムヤムソースは美味しいのかい?HAHAHA」なんて無神経なことを聞きやがるが、これが確かにうまいんだなぁ…。

 

 この出来事に衝撃を覚え、数日後会社のアメリカ人同僚にヤムヤムソースについて聞いたが、NY出身の彼もヤムヤムソースなんて聞いたことがなかった。どうやら本物志向が強いNYにはヤムヤムソースなんて紛い物は存在しないらしいのだ。NYでは本格ラーメン屋居酒屋なんかが進出してきて、何料理にしても本場の味を持ち込む流れがあり、それはそれで大変素晴らしい。

 

 ただ、アメリカナイズされた和食だってオリジナルと全く風味が異なれば、それはコピーが本物を超えたと言ってもいいのではないか?そんなことを『ブレードランナー』でも言ってたぞ。と、ヤムヤムソース禁断症状が出てきているが、そもそも日本にはヤムヤムソースが存在していないことを考えると一番アメリカナイズされているのは自分なのであった。

 

和食ドリーム

和食ドリーム

 

 

*1: 

 

そこまでしてみんな観たいかね?

 このブログを度々読んでいる人なら僕がディズニー傘下になった以降の『スター・ウォーズ』に対するスタンスはお分かりだと思いますが、ここ数日このニュースに煮え切れない思いを抱いております。

 


 いえ、まあ、すでに2年前の段階で報じられていたニュースではあるので、こうなることは分かっていたんですよ*1。ただ記事にあるボブ・アイガーの「金が入るから作る」以上以下の何もないスタンスには改めて怒りを覚えます。というか、他人が作った基盤で金を儲けておいて、「『スター・ウォーズ』シリーズに関しては大きな野心を持っている」ってなんだよ。ルーカスが『スター・ウォーズ』でやり遂げたかった野心は映画界の革命であって、金を永遠に作り続けることしか考えない浅薄な計画の何をもって「野心」と呼ぶのか。

 

 というか、シリーズが長く続くことについて喜んでいるファンも多いですが、よくよく一度冷静になって考えて欲しいです。ジョン・ウィリアムズだってベン・バートだっていつまでも元気にプロジェクトに参加はしていないでしょう。ただ、「創造性の違い」と称して言うことの聞かないフィル・ロード&クリス・ミラーやコリン・トレボロウといった若手監督のクビを切ったり、世界観に合わないからと巨額を費やしてトニー・ギルロイに再撮影させたディズニーのことなので、「すごくよく似た」ものを作り出せるスタッフを連れて入れ替えていくのでしょう。

 

 そうして『スター・ウォーズ』はどんどん作り手を変えていきながら工業製品のように延々と量産・消費され続けて行くわけですが、それは本当に僕たちが観たかった『スター・ウォーズ』なのでしょうか。いや、百歩譲ってそれが皆さんの観たかった『スター・ウォーズ』だったとしましょう。でも、永遠に続くということは、自分が死ぬまでにシリーズが終わらない、ということですよ?つまり、死の床で「ああ、死ぬ前にエピーソド〇〇が観たかった…」と非常にモヤモヤした思いを抱きながら死ぬわけです。そんな未練たっぷりな状態でこの世をさったら親族に化けて出ること請け合いです。それはファンとして幸せな死に方なんだろうか?と、今一度立ち止まって皆さんの終活のあり方を冷静に考えて欲しいです。

 

 とか言いながら、一番タチが悪いのは批判するのに観にいってしまう僕のような人間なのだろうなぁ…。だって金が入る限りディズニーは『スター・ウォーズ』を終わらせないんだから。

 

 

 

*1: