移民の歌

 3月中旬でも吹雪警報が出ている雪国に出張に来ている。仕事先の人が韓国料理が食べたいということで、こんな辺鄙な田舎街には珍しい韓国レストランに行った。入口からして韓国というよりは和風で、寿司を売りに出していたので田舎にありがちななんちゃってアジア料理屋かと思ったら店長が「日本カラ来マシタカ?イラッシャイマセ」と挨拶に出て来た。名前はチャーリー・山本(70)という方で、奥さんは韓国系の方(名前を失念しました)。そもそも和韓折衷のお店だったのだ。

 

 チャーリーさんは所謂日系アメリカ人の2世で、しかし少々複雑なバックグラウンドを持っている。父親は大阪出身の在日朝鮮人であり、太平洋戦争後の朝鮮半島動乱の中アメリカに渡り*1チャーリーさんを授かったという。チャーリーさんのお父さんはソジュが大好きで、ソジュの飲み過ぎでチャーリーさんが8歳の時に亡くなったそうだ。以来、アメリカを転々としながらこの田舎町にたどり着き、韓国・和食レストランを開いたのだと笑いながら語る。

 

 別にだからどうだって話ではないのだが、色々な人生があるのだなぁと美味しいブルコギを食べながら思ったのであった。出張クオリティなので許してください。

イムジン河

イムジン河

 

 

*1:チャーリーさんは「ユー・ノー・ノースコリア?ベリー・ベリー・クレイジー・カントリー」と言っていた