中国、遂に地球を動かすほどの大国になる/『流浪地球』★★☆

 春節に公開され中国で爆発的ヒットを飛ばしているというSF超大作『流浪地球(英題:The Wandering Earth)』を鑑賞。劉慈欣による短編小説『さまよえる地球』を原作に、フラント・グォ(郭帆)が監督。『戦狼 ウルフ・オブ・ウォー』のウー・ジン呉京)が主演を務め、チュ・チューシャオ(屈楚萧)、リ・グアンジエ(李光潔)、ン・マンタ(吳孟達)、ジャオ・ジンマイ(趙今麥)らが共演。

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 中国で大ヒットしているSF超大作

 僕がこの映画の存在を知ったのはTwitterで、今年の初めにこんなツイートを見かけたのだ。

 

 お、面白そう…!

 

 地球を丸ごとロケットエンジンで動かすと言えば、我が国にも妖星ゴラスがある。未知の黒色矮星「ゴラス」が地球に衝突するのを避けるため、南極に巨大ロケットを作り地球丸ごと移動させてしまうという大胆なSF映画である。当時東宝特撮50本目記念作品として製作された大作であるだけに、円谷英二の特撮の気合の入りようが伝わる作品だったが、唐突にアザラシ型の恐竜マグマが何の脈略もなく登場したりと、力み過ぎた故に焦点が定まらない映画でもあった。

妖星ゴラス

妖星ゴラス

 

 そもそも、迫りくる危機に対して「地球を丸ごと移動させる」という解決手段がどうも愉快だ。如何にシリアスに描こうと、どうしてもバカバカしさが先立ってしまう。そんなバカバカしい設定を、いまや経済大国となった中国政府が威信をかけて凡そ3.1億人民元(約50億円)という大金を注ぎ込んで大真面目に作った『流浪地球』に非常に興味が湧いた。

 

 そんなニュースを見かけてから一か月。火曜はACMでの上映が$5になるので毎週仕事終わりに映画を観に行くことにしているが、丁度NYでも『流浪地球』が上映されていることに気付いた。気になってアプリで上映会を見ると平日だというのに驚異的な回数を回している。IMAX 3Dまでやってんのかよ!

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 実際中国では爆発的ヒットをしているようで、わずか公開から3日間の間で5億人民元(約81億円)、21日までに21億人民元(約340億円)もの額を稼ぎ、既に製作費の6倍は回収している。アメリカでも先々週公開され168万ドル(約1億8千万)稼ぎ初登場13位を記録している。まあ、恐らくアメリカ在住の中国人やABCの人たちが観に行っているのだろうが、それにしたってこれだけ盛り上がってれば気になってしまうのが映画ファンとしての性である。ということで、先週即決でチケットを購入し劇場に行くとタイムズスクエアのAMCでも割と大きめの箱が割り当てられていて、そこを満員に近い中国系の客で埋め尽くしており圧巻であった。*1

 

百聞は一見に如かず

 さて、日本のネットカルチャーではバカ映画として話題になった『流浪地球』。百聞は一見に如かず、とはよく言ったものである。本作は前述のツイートのように「太陽が赤色巨星になるから地球ごと移動したら、太陽から離れたため氷河期が訪れてサア大変」なんて単純な話ではない。そんなものは物語背景を説明する冒頭5分で済まされるし、太陽から離れると地球の気温が下がることも本作に登場する科学者並びに脚本家にも織り込み済みであった。

 

 実際の『流浪地球』のストーリーは太陽が赤色巨星になるため人類は地球ごとアルファケンタウリへ移住することを目指す。ロケットエンジンを付けられた地球は、リュー・ペイチャン(劉培強;ウー・ジン)が乗組員を務めるスペースステーションに誘導され、宇宙を放浪する。当然、地球は太陽を離れたことで氷河期が訪れ、公転が止まったことで大津波が発生し人類の大半は死滅するが、そういった犠牲は覚悟の上で地下に巨大なコミュニティを建設し生き永らえる道を選び、人類はこの計画を「流浪地球」と呼んだ。

 

 ところがどっこい、十年後。地球は遂に木星近くまで旅をするが、地球は木星の重力に引っ張られて木星との衝突軌道に入ってしまい、突如人類は滅亡の危機を迎えるのであった。本作をバカ映画と貶していた諸君、一体誰がこんな斜め上の展開を予想できただろうか!

 

 熱いSF父子愛ドラマ

 まあ、正直に告白すると、僕も『流浪地球』を半分バカにするつもりで観に行っていた。ところが、実際に観てみるとここまで空前絶後のスケールの話を違和感なく実写化できる中国映画のパワーと言うものを実感し、バカにするどころか度肝を抜かしてしまった。ビジュアルはハッキリ言うと『パシフィック・リム』『デイ・アフター・トゥモロー』『2001年宇宙の旅』『ゼロ・グラビティ』『アルマゲドン』といったハリウッド製SF大作を遠慮なく模倣している。しかし、こうしたハリウッド大作を見事にパクることができるほどの映像技術力を中国が擁していることを証明している。対して憧れのハリウッド映画を真似しようと努力しても全く似てすらいない代物の山を作り上げてきたのが邦画界であり、これは素直に嫉妬する他ない。進撃の巨人』とか『BLEACH』を作って喜んでいる場合ではないのだ。

 

 そして設定は散々バカにしたが、そのベースにあるドラマは熱い。『流浪地球』は地球を誘導するスペースシャトルの乗組員であるリュー・ペイチャンと、地球に取り残された息子リュー・チ(劉啓;チュ・チューシャオ)とのドラマに焦点を当てる。地球を救うためとは言え、リュー・チは幼き自分と病気の母を置いて死なせた父に怒りを抱えている。父子関係は完璧に冷え切っているが、父は宇宙から、息子は地上から地球を救おうと奔走する。もちろん、ぶつかりあっていた父と息子はクライマックスに向けて関係を改善していき、その展開も王道ながら泣かせる。

 

日本も負けるな!

 更にクライマックスではまさに怒涛と言う他ないほど数々の試練が主人公一家を襲うが、地球上の支援隊がリュー・チの援助に向かう。まさに人類が一丸となって戦う様子は恐らく参考にしたであろう日本のロボットアニメのように胸が熱くなる。ただ興味深いのは、地球の危機の話ではあるがこの映画にアメリカの存在感は微塵もない。代わりにリュー・ペイチャンの手助けをするのは同僚のロシア人宇宙飛行士で、中国の国際政治観が表れていて面白い。

 

 加えて、この「流浪地球」計画を仕切っているのは地球連合政府と呼ばれる国際機関で、そのメンバーはアメリカ、ロシア、中国、イギリス、フランスで、日本はそこにいない。恐らくそう遠くない未来、中国が諸大国とともに世界を先導していくリーダーとなるビジョンがあるのだろうが、日本がまるで眼中にないのがなんとも悔しい!映画面でも経済面でも我が国にはお隣さんに負けないくらい頑張って欲しいので、手始めに『妖星ゴラス』のリメイクでも作って欲しいものだ。

*1:余談だが、購入したチケットの座席が複数の客に購入されるというシステムエラーがあり、混乱した客が僕に全員中国語で話しかけてくるのは参った。まあ、まさかモノ好きの日本人が見に来てるとは思わんわな…。