実は今とあるドキュメンタリーの撮影に同行している。取材対象者の朝は早く、日も明ける前の5:00くらいには取材社宅にお邪魔した。対象者が仕事に行く時間は6:30、言うても日本語喋れるしディレクターとカメラマンさえ現場にいれば良いので、僕は出勤する姿を迅速に追えるように近くに停めてあった車中に待機していた。
聞こえよく書いたが、実態は待ってるだけで出勤まで1時間半暇なので大体はTwitterやFacebookなんかして時間を潰したのである。あー、ねみーなぁ、今日は1日なげーなぁ、なんてウトウトしていると、サイドミラーから車が二台近付いて僕の車の後ろにピッタリと停まるのが見えた。パトカーであった。
もう大体これから何が起こるかはお察しで、案の定車から青い制服を着たガタイの良いオフィサーが二人出てきて、ドラマなんかでよく見る懐中電灯を持ちながらコンコンと窓を叩く。
極めて刺激しないように明るく「グッド・モーニング、サー!」なんて滅多にしない敬語表現混じりで挨拶すると、相手はニコリともせず「怪しい車が停まっててカメラを抱えた男がいるという通報を受けたんだが、ここで何をしている?」はー、やっぱり…
「あはは、誤解なんです、僕らは日本からのドキュメンタリークルーであそこの家の住人を取材しているんですよ!」なんて免許書を取り出そうとしていたら、カメラマンと取材対象者が家から出てきて一気に説明がつき、警察はいなくなった。スタッフが戻ってきて「大丈夫でした?」なんて聞かれて笑い話で済んだが、ふと僕が黒人だったら、と想像すると笑い話では済まなかっただろう。
さっき免許証を取り出そうとして、と書いたが、今思うと自然にポケットの財布に手を伸ばしていたが、これは黒人の家庭では絶対にやってはいけないと教えられている。何故なら銃を取り出そうとしていると誤認され、撃たれてもおかしくないからだ。財布を取り出す時は必ず警察官に「右ポケットにある財布を取り出してもいいですか?」と具体的に許可を聞くまで動いてはいけない。
昨今ブラック・ライヴズ・マター運動が全米で盛んだったのは、このようなプロセスで撃たれた無罪の黒人が後を絶たないからだ。去年『ヘイト・ユー・ギブ』という映画がアメリカで公開されたが、まさにスターという黒人少女と幼馴染の男の子が夜ドライブデートをしていると、理不尽に警察に停められ、少年が車内のヘアブラシで髪を整えようとしたら撃たれてしまう、という話だった。スターはその後、黒人人権運動のカリスマ的リーダーとなる。
さて、僕の場合は警察官の理解も早く、何事もなく去っていたので本当に良かった。これで後ろに忍者集団3人くらい乗せてたらどうなってたか分からなかったけどね。