離婚しました。

 皆さん、お久しぶりです。10年間毎日更新していたブログをストップしてから2ヶ月くらいですかね。お元気でしょうか?あらかじめ警告しておきますが、今回の記事は長くなります。

 

 何故僕がブログの更新を止めてしまったか、もうタイトルでお分かりですよね。このブログにも何回か登場していた妻と、8月5日付けで離婚しました。妻から「離婚したいかも」という相談を受けたのが6月28日だったので、そこから僕は精神的にブログどころではなくなってしまい、メンタルヘルスのために更新を止めていました。

 

 僕は妻の事が大好きで、彼女を心の底から愛していました。ですので、妻から離婚したいという申し出があった時は青天の霹靂でした。6月の頭には、台湾から彼女のご両親が来日し、僕の両親と楽しく一緒に旅行をしたばかりだったので、なぜ2週間でここまで事態が急変したのか、理解に苦しみました。

 

 一方、彼女は僕と付き合って6年間、籍を入れてからは3年間、ずっと映画監督になりたい僕のサポートをし続けてきました。彼女は外資系の大企業に勤めていて、僕の収入とはハッキリと雲泥の差があります。僕が仕事でうまくいかない時は常に側にいてくれて、精神的に励ましてくれました。大変情けない話ですが、経済的に彼女に頼らざるを得ない場面も多々ありました。

 

 また、「週一でコントをYouTubeに公開する」という奇怪な活動のせいで貴重な夫婦の週末はいつも犠牲になり、実は新婚旅行にも行けていませんでした。さらに、僕は計画性もなく直感や勘で動く人間で、「今これをやりたい!」と思ったら突然その願望を叶えるために行動してしまう悪い癖があります。彼女から見たら、僕は常に妻よりも自分を優先する身勝手な夫だったのでしょう。

 

 しかし、その割には6年間、僕の金銭状況がほとんど変わっていない。キャリアも全然芽が出てこない。彼女は32歳になりました。子供も欲しがっていましたし、僕も欲しかったです。ただ、現実を見ると今の僕には子供を育てる経済的余裕は考えづらく、そこすら彼女頼りになってしまうのかと将来を見据えた結果、妻は離婚を選びました。

 

 僕の存在こそが、この6年間、彼女を疲弊させてしまったのです。そして僕はそれに気づけなかった。改めて自分で文字にすると、夫としての自分のふがいなさ、情けなさ、申し訳なさを、残酷にも突きつけられます。6月に離婚を切り出されてから毎日後悔と自責の念に駆られていますが、本当に悔やんでも悔やみきれません。

 

 でも、彼女は僕を責めないと言います。僕は何度も、これからはお金を稼ぐことに集中するから、考え直して欲しいと涙ながらに懇願しました。ただ、妻は「本当にお金を稼ぎたかったら、Uber Eatsでもバイトでもなんでもできた。でも、あなたはしなかった。あなたはお金を稼ぎたいんじゃなくて、映画監督になりたいんでしょう?」

 

 僕は正直、ノーとは言えませんでした。

 

 「あなたに経済力が無いから離婚したいんじゃないの。二人の求めている将来が違うから、離婚がしたいの。あなたを愛しているから、私のせいであなたに変わってほしくないから、映画の道を突き進んで欲しいから、離婚をしたいの」

 

 さすが6年も一緒にいただけあって、妻は僕が本当は何を欲しているのか、よく分かっています。ただ、彼女の言い分には若干の訂正をしたいです。

 

 僕は頑固でバカでした。今にして思うと、妻と喧嘩になっても、僕がこれまで稼いだ金を全てSKITBOOKに費やしていたのは、意地を張っていたからだと思います。ここまで投資したんだから、SKITBOOKで成功するしか道は無いと思っていました。SKITBOOKで売れてこそ、やっと妻を楽にしてあげられるんだ。僕は確かに映像や映画の道で成功することを夢見ていました。ただ、子供の頃から抱いていた夢は、自分一人だけのものではなく、妻を喜ばせるために成功したい、という夢にシフトしていたのです。

 

 なので、僕は二人の将来を考えていたからこそ、映像制作に集中していたつもりだったんですね。僕はいつか売れて、苦労してきた妻に恩返しをすることをモチベーションに頑張っていました。でも、逆説的に妻の言い分を証明してしまっていました。やっぱり、妻とは見えていた世界が違ったんだと思います。妻は現実的で「今」の幸せを求めていました。僕は理想的で「未来」の幸せのために頑張っていました。でも、この違いに気づいた時には既に遅かった。

 

 離婚なんて、僕はドラマや映画の世界だけの絵空事だと思っていました。もちろん、現代社会において離婚は一般的になってきており、親族や友達、仕事仲間にも離婚経験者はたくさんいるのですが、そうした事例を聞いても自分とは無縁の出来事のように捉えていました。

 

 余談ですが、これは今にして思うと大変皮肉めいた笑い話ですけど、妻から離婚を切り出される前日、大学時代の友人たちと飲んでいました。同期が離婚したと聞いて「えー、うっそー!? なんでなんで?」などと無神経にゴシップとして消化していました。帰宅してからも妻にその話をしたんですけど、妻は何を思っていたんでしょうね。まさか直後にそれが自分の身に降りかかるなんて、カルマとしか言いようがないです。何事も共感力を持たないとダメですね。強く反省しました。

 

 この2ヶ月は、死ぬまで忘れないくらい強烈な経験でした。過去にも人並みに失恋をしたことはありますし、祖父母の死、浪人を経ての受験の失敗や、ブラック企業でのパワハラ、アメリカでビザを取り消されて強制送還されたことなど、数々のキツい体験をしてきましたが、6年間共に過ごしてきた愛するパートナーとの別れから生まれる喪失感は、その比ではありません。

 

 毎日が感情のローラーコースターで、大人になってこんなにも泣く事になるとは思いませんでした。とにかく後悔の日々で、あの時ああしていれば、もう少し彼女の気持ちを優先していれば、という思考がぐるぐると回りました。正直に告白すると、非常に良くない妄想や願望を抱いてしまうこともありました。

 

 また、自分が自分でないように感じました。何事に対しても非常にネガティブになり、彼女や彼女の周りの人に対して、懐疑的になったり、嫌悪感を抱いたりもしました。それがきっかけで口論をし、彼女に嫌われてしまったのでは無いかと、自分を責め、余計にネガティブになり……と、負のサイクルが続きました。

 

 7月なかばに、離婚はもう避けられないという結論になった時、最後の最後くらいはこれまでみたいに仲良し夫婦でいよう、と妻と約束しました。しかし、やっぱり難しかったです。なるべく平常通りに過ごそうとはしましたが、この2ヶ月は妻と口論の日々で、お互いに傷つけ合い、ため息の日々でした。仲良く暮らしていた時はどう過ごしていたか、もう思い出せません。

 

 僕はこの結婚生活を一生続く日常だと思っていました。そして僕が一番悲しく思ったのは、「当たり前」だと思っていた楽しく幸せな日常が、ある日突然終わってしまった事です。家でゴロゴロして甘えてくる、可愛らしく優しかった妻にサヨナラが言えませんでした。6月のあの日から、妻の態度はすっかり変わってしまった。これも、僕が執着で苦しまないようにという、一種の妻の優しさだったとは思います。当然、妻も平穏を装うのが苦しかっただろうと思います。

 

 まさかあの小さな平穏の日々がこうも簡単に終わるとは思わなかったですし、心の準備もできていませんでした。事実、妻にも「この結婚は当たり前だと思ってたでしょ? 何事も当たり前じゃないからね」と言われました。もう返す言葉もありません。

 

 ただ、この結婚生活で平穏で楽しかったのは、もしかしたら僕だけだったのかもしれない。妻はその間もストレスをずっと抱えていたのかもしれない。そう思うと、やはり妻への申し訳なさと自分への嫌悪感で消えたくなりました。

 

 しかし、当然ですが、その間も人生は待ってくれません。いつも通り仕事は続くし、一番キツかったのはコントの収録をしないといけない事でした。演出する当の本人が絶望の淵にいるのに、観ている人を笑わせるための作品を撮るなんて、気が狂うかと思いました。なんで自分はコメディに手を出したんだろう……と、自分の特性を呪ったりもしました。なるべく撮影現場では出さないようにしていましたが、明らかにおかしい僕の様子を不思議に思っていた人もいたでしょう。

 

 というか、そもそも「映画の道に進みたい」と思った事自体も呪うようになりました。この離婚協議期間中、偶然にも誕生日が訪れ僕は35歳になりました。いつの間にか40歳が目前です。人生の1/3はとっくに過ぎています。歳下の売れている映画人もたくさん出てきました。自分はこれまで一体何を成し遂げてきたのか?何に時間とお金と労力を費やしてきたのか?自分の創作活動で結婚生活を犠牲にしたが、それほどの価値はあったのだろうか?

 

 同期も後輩も、周りはもう子供を作ったり家を買ったりしています。今、ほとんどの資産もなくなり、独り者になった自分に、幸せは訪れるのだろうか?このままゴッホみたいに死んでいくのか?いや、ゴッホはまだ死後に評価されたからいいとして、自分が生み出してきたものに意味はあったのか?じゃあ、映像作りをやめたとします。僕は今更ほかの職業ができるのか?こんな人間を雇ってくれるところがあるのか?

 

 これまで強く持っていた根拠のない自信は打ち砕かれ、先が全く見えない不安で押し潰されそうになります。こうした時、僕はこれまで妻に安寧を求めていましたが、今はその妻もいません。そもそも、この妻に頼り切っていた姿勢こそが離婚を招いたので、自業自得なのかもしれません。

 

 僕はできた人間では無いです。彼女のために離婚届にサインをしましたが、未だに全く納得していません。置いてかないでよ。嫌いじゃないなら、一緒にいてよ。また僕のジョークで笑ってよ。手を繋いでよ。ハグをしてよ。キスをしてよ。この期に及んでも、情けなく自分勝手な文句ばかり出てきてしまいます。

 

 でも、こんな自分を6年も一緒にいてくれる人と出会えたことも、奇跡だったと思います。日本と台湾という、全く異なる土地で生まれた二人が、業界も全く異なる中、コロナ禍という、人と接触してはいけない時代に出会った。少なくとも一定期間までは僕を愛してくれて、結婚まで辿り着けた。呪詛を並べる前に、まずはその事に感謝しないといけません。

 

 謝謝妳,我最愛的老婆。對不起,我沒能讓妳幸福。