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実写化する意味とは/『美女と野獣(2017)』★★☆

 1991年の同名ディズニー作品を実写化リメイクした『美女と野獣』を鑑賞。監督は『ドリームガールズ』のビル・コンドン、音楽はオリジナルも手がけたアラン・メンケンが新楽曲も提供。主演はエマ・ワトソン、脇をダン・スティーブンス、ルーク・エヴァンズ、ケヴィン・クラインユアン・マクレガーエマ・トンプソンイアン・マッケランら豪華キャストが固める。

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 良かった点はまず何と言ってもオリジナル版よりも40分近く長いことだろう。この春休みの旅行中に飛行機内でオリジナル版を久方ぶりに見返した*1が、改めて見直すと結構スラップスティックで驚かされる。テンションに任せて強引に話を運んでいたオリジナル版を2時間に引き伸ばしたことで、確かに実写ならではの落ち着きと品を得ている。ベルが本の虫で外の世界に憧れている設定もよりうまく活かされている。なおかつ、非モテ系ブ男子が周囲の助言を受けて美女とのデートにこじつける、と僕が個人的に好きな要素もちゃんと引き継がれていて嬉しい。

 

 しかし、「アニメーションの実写化」という点については、特にディズニー作品とあって色々と考えざるを得なかった

 

 このブログでも紹介した*2が、高橋ヨシキ著の『暗黒ディズニー入門』(コア新書)によるとウォルト・ディズニーは映画においてもテーマパークにおいても「現実と幻想の境界線」を曖昧にすることを追求してきた映画作家であった。「現実と幻想の境界線」を揺さぶることこそディズニーというブランドが持つ魔法の力なのである。

 

 例えば、『白雪姫』が映画史に残る作品となった一つの要因に、ロトスコープ技術とマルチプレーン撮影を駆使したことが挙げられる*3ロトスコープは実写を元にアニメーションを作成する方法で、マルチプレーンは重層的に置かれたセル画や背景をカメラで撮影することで立体感を出す手法だ。これらの技術は『白雪姫』にあたかも実写のような驚くべき立体感とリアリティを与え、アニメーション史を語る上で欠かせない作品となった。

 

 ディズニールネッサンス期に制作されたオリジナル版『美女と野獣』も、制作に最新技術を持ち込んだことでウォルトの野心を引き継いだ作品だと言える。『美女と野獣』はベースは伝統的な手書きアニメとしながらも、CAPS(Computer Animation Production System)と呼ばれるディズニーのためにピクサーが独自開発したコンピューター・アニメーションソフト&ハードウェアを取り入れている。

 

 CAPSの導入*4により広い色幅や400層以上ものマルチプレーンの模擬を可能にした。『美女と野獣』の中でも最も有名なワルツのシーンで披露された美しく驚異的なドリー&クレーンショットはCAPSの技術によって実現できたのである。『美女と野獣』はアニメーションと実写を近づけた画期的な作品で、アニメーション作品として初めてアカデミー賞長編賞にノミネートされたのもうなづける。

 

 実写版『美女と野獣』もオリジナルの素晴らしい数々のアニメーションを再現しようと試みている。ただし、問題なのは今回のリメイク版がまさに実写であるということで、実写を模したアニメーションをさらに実写で模すことに、一体何の意味があると言うのだろうか?美女と野獣』のワルツシーンはディズニーが既に『魔法にかけられて』で再現していたが、こちらは作品そのものが自社作品の自虐的なパロディで構成されていたからこそ成功していたのであり、正攻法で再現してもあまり意味を見出せない。


 

 また、実写化してしまったことによりキャラクターたちの動きに引力や制約が生じてしまい、ミュージカルシーンはオリジナルと比べてひどく鈍重に見える。立体的でリアリスティックな『白雪姫』が公開時に「アニメーションが引力の法則や常識にとらわれない芸術」だと主張する評論家に批判されたことを考えると、皮肉な結果である。

 

 ただし、冒頭に述べた通り物語面ではオリジナルと比べて大きく改善されて入る。公開前に話題となっていた同性愛者のキャラクターも取り入れ方が自然で問題なかった。それだけにビジュアル面が-ユニークだった使用人達のつまらないデザインも含めて-オリジナルに劣っているのは残念であった。

 

 

 

*1:

*2:

*3:もちろん、ロスコープとマルチプレーンだけで『白雪姫』がクラシックになったのではなく、その他の要因も『暗黒ディズニー入門』に子細に書かれています。オススメ!

暗黒ディズニー入門 (コア新書)
 

 

*4:ちなみにCAPSを一番最初に使用したアニメーションは前年の『リトル・マーメイド』である。