前知識一切なしでブームに巻き込まれてみた/『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』★★☆

 週刊少年ジャンプに連載された人気漫画が原作の『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』を鑑賞。吾峠呼世晴の原作を、TV版に引き続いてufotableが映画化。監督は外崎春雄、主題歌にLiSAの「炎」。声の出演は花江夏樹鬼頭明里下野紘松岡禎丞日野聡平川大輔石田彰ら。

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 最初に断っておくと、僕は『鬼滅の刃』ブームに全く無頓着だった。知っていたことと言えば「〜の呼吸」という技で戦うらしいこと、あと最近Netflixで作品を見終わった後に「鬼になんかなるな!しっかりするんだ!頑張れ!頑張れ!」と主人公が絶叫するTVアニメ版『鬼滅の刃』のプレビューがしつこく流れるくらいである。その昔、僕はジャンプっ子で毎週買っていたけれども、アメリカに渡って当然そんな習慣は途絶えてしまったし、何より漫画自体を読まなくなって久しいので、今更『鬼滅の刃』に手を出すのも億劫だった。

 

 あとは、コロナ禍にもかかわらず、『鬼滅の刃』劇場版が歴史的な大ヒットを呼んでいたことも知ってはいたが、僕はシリーズ物は必ず関連作品を全て鑑賞してから観るようにしているので、今から原作読んだりアニメ見るのは結構な手間がかかるので、本作も世間の熱狂とは距離を置いてスルーするつもりだった。

 

 そんな折に、本日『鬼滅の刃』を観に行こうというお誘いがあった。最初は迷ったが、確かにいち映画ファンとして、日本映画史に残る売れ方をしている作品を放っておくのも如何なものかとは思っていた。加えて、シリーズものを前知識を一切入れないで鑑賞するのも、個人的には中々にない貴重な体験なので、ある種の実験のつもりで敢えて予習をせずに劇場へ足を運ぶことにした。

 

 まず驚かされるのは、ほぼ満員状態の劇場だった。僕たちはTOHOシネマズ六本木で鑑賞したが、公開から1ヶ月経ってこの入り様は異常だ。さらに、お客さんも若い世代に限らず、老人も子供も外国人の観客も見受けられた。まさに老若男女で、改めて社会現象と呼ばれるだけの作品であることを映画が始まる前から体感する。

 

 さて、いざ映画が始まると、しばらく頭に浮かぶ言葉は正直「わ、分からん…!」だった。本作に関して「原作を読んでなくても楽しめる」という言説を耳にしていたが、これは流石に否定せねばなるまい。設定も世界観も一体何が何だかよく理解できないし、主人公・炭治郎の背景にあるドラマも(妹が鬼になったこと以外)分からないし、そもそも鬼をどうこうする前に、何故イノシシの顔をした半裸の妖怪(?)の存在を無限列車の乗客が自然に受け入れているかが分からない明らかに不審者だろ!

 

 が、「原作を読んでなくても楽しめる」の半分は正解で、そんな細かいことは矢継ぎ早に訪れるアクションに身を任せるうちにどうでもよくなってくるのだ。いい意味での驚きは切株描写の多さで、腕や頭が景気良く斬り落とされるのは痛快だ。考えてみれば、先述した老人や子供たちも一緒に血がビュービュー吹き散らかしているのを楽しんで観ているワケで、間違いなくハリウッド製アニメでは見られない光景だ。また、明らかにクライマックスだと思われる箇所が落ち着き、エンディングに向かうかと思いきや、更に壮絶なバトルが繰り広げられるのも『ディープ・ブルー*1的なサプライズだった。実にサービス精神が旺盛で、娯楽映画として十分楽しめる。

 

 また、ストーリーが分からないとはいえ、流石はジャンプで人気を誇った作品なので、キャラクターがしっかりと作り込まれている。例えば、冒頭でお婆さんの荷物を荷台に載せているさり気ないカットだけで、炭治郎のヒーローとしての人となりがよくわかる。ファンの間で絶大な人気を誇る煉獄さんも、指導者としての人望も伝わってくるし、圧倒的な作画によって描かれる豪快なバトルシーンも観ていて気持ちがいい。なので感情移入もしやすく、何も知らなくてもジンとくるくらいには感動する。

 

 欠点があるとすれば、漫画や邦画特有の説明台詞や描写のくどさで、やっぱりバトルシーンで一々敵が意図を話すのは、紙媒体ならまだしも「動」がメインの映画だと興が削がれる。また、「はい!ここ泣くシーンですよ!」と言いたげにに感動演出が延々と続くのも邦画の悪い癖だ。主人公たちがワンワン泣きながら台詞を吐いたかと思えば、朝焼けが差し、感動的な音楽が鳴り響き、挙げ句の果てには空を飛ぶカラスまで泣いているのは過剰すぎて吹き出しそうになった。*2

 

 とはいえ、そういったマイナス点を差し引いても十分お釣りが出てくるほどには楽しめた。ただ、やはり一見さんに優しいとは言いがたい作品なのは間違いなく、そうした作品が歴代1位を記録する勢いでヒット飛ばしているというのは、考えてみれば本当に凄いことだ。「『千と千尋の神隠し』は小難しい内容だけど記録的に売れた!」というのとは全く訳が違うのだ。

 

 この社会現象には一考の余地があると思うが、それはどこぞの社会学者や評論家がやってくれるだろう。映画ファンとしては、『TENET テネット』に引き続いて、劇場が活気付いている様子を見て、コロナ前の日常を少しだけ取り戻せた気がしたのだった。*3

 

 

 

*1:

 念のために言っておくと、意識高い系海洋ドキュメンタリー映画ではなく、先が全く読めない楽しいサメ映画の方の『ディープ・ブルー』です。

ディープ・ブルー (字幕版)

ディープ・ブルー (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

*2:一連のシーンが原作通り、といえばそれまでなのではあるが、もう少しスマートに脚色はできなかったものか…。

*3:もちろん、残念ながら全く戻ってきていません。戻ってくるどころか最近また状況が悪化してきているので、みなさん引き続き気をつけましょうね。