ラッキーゴール

 今日も撮影がなくてですね、『ベター・コーラ・ソウル』を1話分見終わってテレビつけたら、たまたまW杯の日本対ドイツの後半戦38分経過したところで、一応最後まで見てみるか〜って眺めてたら直後浅野の逆転弾が入ってジャイアントキリングを目撃したラッキーな気持ちになりました。

 

 このように、僕は日本代表戦が今日だったことを知らなかったくらい、バスケットボール(というかNBA)以外のスポーツにほとんど興味がないのですが、その中でもサッカーはプレーするのも鑑賞するのも苦手中の苦手で、90分以上という映画一本観終わるくらいの時間があるのにほとんどゴールが決まらないのは、僕とは相性が合わなくてちょっと観てて退屈してしまうんですね。それでもドイツがめちゃくちゃサッカー的に強い国、程度のことは知っているので、歴史的な逆転弾をたまたまテレビつけたタイミングで観れてありがたい気持ちになりました。こりゃ明日は良いことあるな!

 

 

 

大阪行ってました

 今日は今入ってる現場の撮影がなかったので、合間を縫って別案件の撮影で大阪まで日帰りで行ってました。始発に合わせて4:00に起きなくちゃいけなかったので、昨日はブログを更新できなかったというわけですね。

 

 今日の案件は久しぶりに監督する仕事だったので、脳のリフレッシュにもなって楽しかったです。最近バイリンガルのADの仕事も慣れてきて楽しくなってきたところですが、やはり僕はクリエイティブコントロールを握れる立場にいたいですね。

 

 

 

アニメで生き物が肩に乗る描写はいつから?

 新海誠最新作『すずめの戸締まり』を観てきました。感想の方は…まあもうTwitterには書いたんですけど、正直監督の直近2作品と比べると大きく見劣りする内容になってしまったと思います。震災を想起させる内容なのに、お得意の「ボーイ・ミーツ・ガール」部分が非常に表面的で薄くてドラマ的にもあまり核心と関係がなく残念でした。

 

 詳細はまた今度ブログに書くとして(本当か?)、鑑賞中にふと思ったことがありました。本作の主人公すずめが猫のキャラクター(ダイジン)を肩に乗せて歩く描写がありましたが、アニメではもはやお馴染みの「小動物が主人公の肩に乗る」演出はいつから始まったんだろう?ということです。だって、現実世界では飼い主が無理やり肩にのせることはあっても、大体の動物は自分の意志で肩に乗って飼い主に歩かせたりはしないじゃないですか?

 

 91年生まれの僕は『ポケモン』直撃世代でして、当然サトシがピカチュウを肩に乗せて歩いているのをしょっちゅうみていて、実写版『名探偵ピカチュウ』でもそれが再現されて嬉しかったのですが、実写で再現されるくらいポケモンでは定番の表現だったわけです。

 

 ワンチャン「これは『ポケモン』発祥なのでは!?」と期待しましたが、調べてみると『風の谷のナウシカ』(84年)でもそういえばナウシカがキツネリスを肩に乗せていましたし、未見ですが『あらいぐまラスカル』(77年)でも主人公の肩にラスカルが乗っている描写があるようです。奇しくも両方とも宮崎駿関連作(前者:監督 後者:作画)ですが、ひょっとして宮崎駿が始めたのでしょうか?

 

 こりゃもっと情報が必要だと思い、英語圏でも検索してみたら「TV Tropes」なる映画やテレビ、文学などフィクションの中での「お約束」描写や演出をまとめた超便利なサイトを見つけたんですけど、なんと生き物キャラが人間の肩に乗ることをを「Parrot Pet Position(ペットのオウムの位置)」と呼ぶらしいです!

https://tvtropes.org/pmwiki/pmwiki.php/Main/ParrotPetPosition

 

 で、この便利なサイトに「Pirate Parrotもこの位置」と書いてあって気付いたのですが、恐らく冒険小説とかに出てくる海賊が肩にオウムを乗せているイメージが大元なのではないでしょうか?ということは、発祥はロバート・ルイス・スティーヴンソンの冒険小説『宝島』(1911)に出てくるシルバー船長に遡るのかもしれません。

宝島(字幕版)

宝島(字幕版)

  • ボビー・ドリスコル
Amazon

 

 いやあ、なんだか賢くなった気がしますな!気になったら調べ物はしてみるものです。なお、実際にオウムを肩に乗せるのは危ないらしい、と上記の「TV Tropes」には書いてありました。

 





睡眠が足りない

 休日でも習慣のせいで、どれだけ遅く寝てもかならず9時前には起きてしまう。今日は『ポケモン』新作を1日やっていたけど、途中で眠気に襲われてウトウトしながらやっていた。オープンワールドゲームで眠気に襲われながら進んでいくと、あらぬ場所に行きかねない。

 

 

 ……という謎の文章を残したまま、寝てしまっていたのを今朝発見しました。睡眠が足りていないんやろなぁ…。

 

 

 

『ドント・ルック・アップ』はTwitterを描いた映画だった/Taiyakiの他のSNSについて

 「撮休だし、『ポケモン』新作が発売されたし、今日はもう1日ポケモンや!」と張り切ってゴロゴロ遊んでいたところ、TwitterのTLがパニックになり各々のフォロワーへの別れを惜しむ声や他のSNSへのリンクを貼る人が多数見られたので、何事かと思っていたら「早くて今夜(現地時間)にもTwitterが閉鎖するかもしれない」という内部情報が噂されているんですね。

 

 イーロン・マスク買収以後のTwitterのゴタゴタは目も当てられませんでしたが、まさかここまで崩壊が進んでいるかと思うとビックリです。「言論や表現の自由を守る」と息巻いていたバカが、言論や表現をする為の格好のプラットフォームをぶっ壊してしまいました。

 

 Twitterは2006年にサービスを開始しましたが、この16年間の間で社会に必要不可欠なインフラと化してしまったと思います。このSNS上で人々は繋がり、さまざまなコミュニティが形成されたました。基本的には文字情報だけの空間ですが、僕は一種『マトリックス』みたいな仮想現実空間だと思っていました。そんなコミュニティが崩壊するというので、人々はパニックになりましたが、パニックが一周回ってTwitterで形成された絆のつながりを再認識するエモいツイートを散見して、まるで『ドント・ルック・アップ』の最後みたいだなぁ、と不謹慎ながら思ってしまいました。

 

 『ドント・ルック・アップ』はてっきり地球温暖化を揶揄したサタイアだと思っていたんですが、まさかTwitterの顛末を描いた映画だったとは!本当に大富豪って碌なことしないな、と思っていたところ、実際映画の中で己の私欲のために人類を破滅に導くIT大富豪を演じたマーク・ライランスイーロン・マスクからインスピレーションを受けたと発言していました。こういうホリエモンとか自分が全知全能で社会をよりよくできるとと思っているバ金持ち、なんてジャンルで括れるんですかね?

 

 なにはともあれ、僕も2011年からTwitter始めてから日々思考回路を垂れ流していて生活の一部と化していましたし、僕もリアルでは面識がないのにTwitter上だけで温かい交流していた方々もいましたので、このネット空間がなくなってしまうのはとても寂しく思います。とりあえず、最近は忙しくて更新が滞っていますが、このブログは今後とも続けていく予定ですし、大体の主流のSNSはHKtaiyakiのアカウントでやっておりますので、もし本当にTwitterがなくなってしまうとしたらそちらの方で引き続き交流できればと思います。(取り急ぎインスタはこちらhttps://www.instagram.com/hktaiyaki/ )

 

 やり方はてんでわかりませんが、マストドンtumblrなんかも開設してみたいと思っていますので、その際はお知らせいたします。まあ、Twitterが終わったとて人間の文明や生活は続きますし、たかだか私企業の一つが潰れるくらいでパニックになるなって話ですので、皆さんこれからも元気にやっていきましょう!