タイヤキVSネズミ

 昨年から異変には気づいていた。僕の部屋は3階建てアパートの地下にあるのだが、半年ほど前から天井で「トコトコトコトコトコッ!」という足音がするのであった。気味が悪くて大家に相談すると、大家は「多分空調システムの音だから問題ない」と一蹴した。「そんな訳ねーだろ!」とその正体には薄々勘づいてはいるものの、人間とは目に見えないと都合よく解釈するもので、「まあ大家もそう言ってるし」と強引に気にしないふりをして生活を続けていた。毎晩ちゃんと足音が聞こえるけど。

 

 1週間前、出張に出かける直前。キッチンにある自分の食品棚を開けてギョッとした。米袋が齧り開けられていたのである。購入していたのはアメリカでは高いコシヒカリ7kg($38)、しかも前日に買ったばかりである。「んなっ、な~にが空調システムだよ~~~~!!!」と呑気な大家に怒りがふつふつと湧いた。

 

いる。

 

確実にネズミがこの家にいるッ!!!

 

 気持ちの問題的に米を全て火炎放射器で処分したいところだったが、ネットで調べるとネズミが持つチフス菌やサルモネラ菌は熱に弱いらしく、炊いてしまえば熱殺菌できるので問題ないという事で、米を全てルームメイトにもらった大きめの瓶に移した。もちろん気持ち的には全く食いたくないが、なんたって吝嗇坊なんでもうこの際は高校物理における摩擦力や空気抵抗の存在感バリに嫌悪感は考えないものとすることにした。

 

 大家には現状を報告し、先週出張に向かって帰ってきたのが今週。昨日は『ダンボ(1941)』を再見していたら寝落ちしてしまった。寝落ちする前に残っている最後の記憶は、奇しくもネズミのティモシーが寝ているサーカス団長に入れ知恵してダンボをスターに仕立て上げるシーンだった。アニメで見ると可愛らしいが、ネズミの恐怖と戦っている者としてはこんな状況はホラーでしかない。

 

 早朝4:00に目が覚める。テレビは省エネ機能で自動的に消えていた。変な時間に起きてしまったなぁと二度寝をしようとしていたところ、廊下から音が聞こえる。

 

バリッ、ガサガサガサガサッ

 

 ビニール袋を擦る音だろうか、しかしその音は鳴りやまない。まるで荒木飛呂彦の漫画のように心臓が高鳴るのを感じる。

 

いる。

 

ヤツはすぐそこにいるッ!

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※イメージです。


 こんな時間にルームメイト達が廊下でずっとビニール袋を漁っている訳もなく、疑惑が確信に変わる。眠気はすっかり冷めてしまい、二度寝してやる過ごすこともできない。こんな事態になるまでネズミをほったらかしにしていた大家に対して怒りが再度湧き上がってきた。そのうち怒りは闘志へと変わる。大家が何もしてくれないというのなら、僕がやってやる!!気分はもう、吉良吉影に直面する康一君である。

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※イメージです。

 

 とはいえ、相手はゴキブリではない、ネズミである。ゴキブリなら潰せばゲームセットだが、ネズミを殺す術が僕には思いつかない。そもそも僕の持論であるが、人間は500円玉以上の大きさの生物を殺すには抵抗を覚えるのだ

 

 なので僕の目的は殺すことじゃあない。大家にこの切迫した状況を伝えることである。ミレニアル世代の武器とはスマホである。僕はネズミの写真を撮り、逃れられない決定的な証拠を大家に叩きつけてやることを決めたのだ。決意は勇気に変わる。その場にいたのは僕だけだが、恐らく僕はこれ以上ないくらい凛々しい顔でスマホを手に取っていたはずで、懐中電灯機能を点けてドアを開ける。

 

 するとすぐそこに

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※イメージです

 

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※イメージです。

 

 無理だ。早朝4:00だというのに、目の前にいたネズミに叫んでしまった。無理。殺す、殺せない以前に写真すら無理。想像上のネズミと現実のネズミの迫力はあまりにも違う。もちろんNYにネズミは多く、散々地下鉄でもネズミを目撃したことはあるが、自分の生活圏内にいるネズミの恐怖たるや比べ物にならない。ネズミの方も人間に気付き、僕があっけに取られているうちに一瞬で走り去ってしまった。

 

 あれだけ滾っていた闘志はすっかり消え失せ、布団の中にこもってガタガタ震えた。大家に「たった今遂にネズミをこの目で見た、後生だからどうにかしてください!」とメールを打ち、朝起きたら大家からやっと「了解した、今日中に動く」と返答があったが、敗北感がどこか拭えない。あんな小さい生物に太古から人間はここまで翻弄されてきたのだ。人類がネズミに勝てる日は来るのだろうか…。

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※イメージです。