ボンクラな僕が生まれて初めてクラブでナンパした話

 中々 あみん との『名探偵ピカチュウ』対談が書きおこし終わらず、体たらくな更新が続いていますが、申し訳ないので下書きでずっと眠ってた記事をアップします。書いたのは今年の1月で、中々気恥ずかしいトピックなのでアップするのを躊躇していましたが、自分で読み返して笑ったので掲載することにしました。


 

 僕はボンクラである。趣味は映画鑑賞とゲームだけという究極のインドア人間であり、流行りにもファッションにも無頓着だし、童貞も20代半ばで失った。友達はいるけれど、一緒に遊ぶことと言えば居酒屋でひたすらあの映画がどうだったとかこの映画は期待ハズレだっただのを談義するだけで、クラブだのバーだの行く人間(恐らくテニサー)を心底軽蔑していた。そんなボンクラの僕からしたらナンパなんて行為は意味が分からなかったし、そんなものはAVの中だけに存在するファンタジーだと思っていた。

  

 しかしそんな僕もアメリカに渡って今年で早4年、NYに来てから早2年。NYにも居酒屋はあるが高いし多くないから滅多にいかず、何よりNYに同僚以外の遊び相手がいない。逆に言うなれば同僚たちとは友達感覚で仲がいいのでいつも遊びに行っているが、最近僕は先輩に連れられてクラブに行くことが多い。とはいえ、クラブに行って女を引っかけようとかそんな事はできるはずもなく、心根がいまだ童貞の僕はただダサいギクシャクとした動きで先輩と踊っているだけだ。淫靡な雰囲気になってベロチューをするカップルがあちこちいるのを横目には見るが、僕は盆踊りに似た何かをひたすら踊っていく。

 

 だが、これで良いのである。グデングデンに酔っぱらって爆音に合わせて心赴くままに体を動かすのは一種のトランス状態を引き起こして謎の高揚感がある。そこにロマンスなどいらぬ。夜が明けて客がいなくなるまで東洋人の男二人で一心不乱に踊り続けることはいつしか僕と先輩の間で頻繁に行われる儀式となっていた。

 

 つい先日の事である。Instagramのストーリーを見ていると、会社近くのディスコイベントの広告が流れてきた。2000年代のロックを中心としたイベントらしいが、何より心惹かれたのはフランツ・フェルディナンドのアルバム「You Could Have It So Much Better」を模したポスターだった。

You Could Have It So Much Better

You Could Have It So Much Better

 

 

 このアルバムは僕がラジオで「Do you want to」を聞いて一目ぼれして、生まれて初めて買ったアルバムである。中学二年生のころ、丁度邦楽より洋楽なんて言い出す厨二病真っ盛りの時だ。恐らく自分が思春期を過ごした音楽が流れまくると思うと心が躍りだし、珍しく僕の方から先輩を誘い出していつも通り男二人のダンスナイトを開催していた。

 

 そのイベントに行って見ると予想通りフランツ・フェルディナンドやフラテリス、ティンティンズなど思い出深いバンドたちの曲が流れていてテンションは当然のごとく上がったが、一方でいよいよ2000年代もノスタルジアとして消費されるようになるかと思うと少し侘しかった。しかしそんな侘しさも酒と踊りで簡単に吹っ飛ぶもので、ちょっと燃料を再投下しようかとクラブに備え付けのバーで飲み物を頼む時であった。バーカウンターは客で混雑していてごった返していて中々注文が出来ず、ようやく自分の番が回ってきたと思ったら、横にいる女の子も注文が出来ずに困っていることに気が付いた。

 

 その女の子をよく見ると、とてつもなくエロかったのである。

 

 いや、見ず知らずの女の子をとっ捕まえて「エロい」なんて形容するのは失礼な話で、#MeToo運動が盛り上がってる昨今あってはならないことである。しかしラテン系の彼女はとてつもないセクシーさで、こんな真冬だというのにタンクトップとホットパンツでフェロモンをムンムンに発散していた。アルコールでいささか脳の判断力が鈍っていた僕は、理性が本能に負けてしまい自然に彼女に話しかけていた。

 

「お酒並んでるの?」

「うん、中々注文できなくて」

「頼んであげようか?」

「ええ、いいの?ありがと~」

 

 もう今となっては酔っぱらっていて何を注文したかは覚えていないが、しかし確かにアルコール度数の高いサムシングを彼女の分まで注文して乾杯をした。

 

「どこから来たの?」

ニュージャージーの方から、でも元々はエクアドルにいたの!あなたは日本人?」

「おお、良く分かったね!」

「あたし日本人の友達がいて、Netflixで日本の番組とか見てて」

「へえ、何見てるの?」

 

 などと自分でも驚くほど会話がスムーズに続いている隙に同じく酔っぱらっている先輩から腕をつかまれ、「踊りに戻るぞ!」と指示が出る。先輩はグイグイと人混みの中に消えていく。極めて日本的な上下関係か、目の前にいる絶世のエクアドル人美女か。難しいテンビンを前にして僕は彼女に聞く。

 

「今から一緒に踊らない?」

「行きたいんだけど、今友達の分のドリンクも買いたくて…」

 

 ああ、やんわりと断られたんだな。初めて見知らぬ美女に声をかけてみたが、恋愛市場は常に生存競争のピラミッド。頂点捕食者の前で僕のような盆踊りマンは自然の営みに倣って淘汰されていくしかないのである。

 

「そっか、じゃあまた!」

 

と踵を返そうとした時、彼女から話しかけられる。

 

スマホを貸して!」

 

訳も分からずスマホを渡すと、彼女は自分の電話番号を打ち込んでいた。

 

「後で合流するから、連絡して!」

 

!!!

 

!!

 

 

 彼女の方から携帯の番号を教えてくれた。彼女の方から携帯の番号を教えてくれた。大事なことなので二回言った。難攻不落かと思えた扉が簡単に開いたことに、僕は『ダイ・ハード』で金庫を開けたハンス・グルーバーに自分を重ね合わせていた。

 

「うん、じゃあまた!(後でね)」

 

 さっきとは似た言葉を全く別の意味合いで伝えると、嬉々として先輩の元に戻る。「生まれて初めてナンパに成功しましたよ!」などと有頂天に結果を報告し、喚起を表現する動きを一層激しく踊る。あの時の僕は流石にジョン・トラボルタを超えていたのではないだろうか。

 

 踊りに踊って踊りまくって15分後。いくら彼女が注文に時間が経っていようと、人混みの中で迷っていようと、迷宮じゃあるまいしいくら何でも遅すぎる。彼女に「今どこ?」とテキストをしても帰ってこない。あれは幻だったんだろうか。いや、彼女は確かに「後で連絡して」と僕にこの番号を渡した。本能に赴くしかない。

 

 「先輩、僕さっきの子を捕まえてきます!」と人混みの中をかき分けてバーのエリアまで戻る。すると早速彼女を見つけた。あ、おーい!と笑顔で手を降ろうとした時、

 

 

 

 

 

彼女が別の男と親密に踊っているのが見えた。

 

 

 彼女は男の首の後ろに手を回し、男は彼女の腰に手を当て弄っている。腰つきもエロい。親密ってレベルじゃない、もはやこれは交尾ではなかろうか。一気に振り上げかけた手を下ろし、何事もなかったかのように立ち去る僕。黙ったまま先輩と一緒に踊りだす。先輩は何があったかは聞かない。悟ってくれたのだろうか。否、酔っぱらっているだけである。

 

 僕はここがどういう場所なのかを思い出した。クラブとは恋愛市場である。恋愛市場とはピラミッドである。ネズミがライオンに立ち向かえるのは御伽噺の世界だけだ。そんなことを考えながら、ただただ酔いに任せてそのまま僕たちは踊った。