最初の『ビートルジュース』を観直して、表現主義に感心した!

 まだ続編を観れてないのですが、初代『ビートルジュース』を見返しました。調べたら本作が公開されたのは1988年。僕がまだ生まれる前の作品に続編ができるなんて、昨今のハリウッドのノスタルジアブームはついに行くところまで行った気がします。

 

 さて、僕は『ビートルジュース』自体を観たのは大学生の時でした。当時ティム・バートン展が六本木で開かれていたので、その予習のためにティム・バートン監督全作品マラソン鑑賞を個人的にやりました。当時観た時は「ティム・バートン色が強い作品だな〜」くらいに思っていたんですけど、今回見直したら改めてそのアート性の強さにぶったまげました。

 

 もちろん、バートン作品はどれもこれもアート性が非常に強いんですけど、僕が特に感心したのが地獄の廊下のセットです。

 

 このパースがグッチャグチャな廊下はドイツ表現主義の傑作『カリガリ博士』へのオマージュとなっています。

 

 無論「バートン作品がドイツ表現主義の影響を受けている」という話は手垢に塗れるほど有名なので、今更指摘するまでもありません。そもそもこのブログ記事を打ちながら「どっかで書いたような…」と思って探してみたら、しっかり4年前の記事に書いてました。

 

 

 ただ改めて考えると、『ビートルジュース』はティム・バートンの長編第2作目で、大予算を任せられてコケたらキャリアも終わっていただろう時期に、自分の好きな表現を詰め込んで作家性の濃い作品を作ったことに強く感動しました。現世のシーンですら美術がかなり凝っているのに、あの世を描く際はアート性を更に極限まで高めることで現世と区別しているのも凄く器用だと思います。

 

 最近のティム・バートンはすっかり表現主義が鳴りを潜めてしまい大変残念でしたが、1話だけ観た『ウェンズデー』も良さそうでしたし、今回の『ビートルジュースビートルジュース』も表現主義が解放された作品になっているといいなぁ…。

 

 あ、あと最後に一つだけ。所ジョージの字幕は記憶以上に最悪だったよ!