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ミスティークのLet It Go/『X-Men ファースト・ジェネレーション』★★☆と『アナと雪の女王』補足

 公開時に劇場で観てたんですけど、その後シリーズのBDボックスを買っており、最近『フューチャー&パスト』の予習の為に見直してたら、今メガヒット公開中の『アナと雪の女王』との共通点が幾つか散見されました。まあ、よく聞く話なんですけどね、メモがてらに書いておきます

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※『フューチャー&パスト』の感想ではありません!『アナと雪の女王』については以前こちらの記事に書きました。

 

 
 『X-MEN』シリーズは差別問題を扱った作品としてよく知られている。スタン・リーがマーベルから原作を出版したのは1963年であり、当時は黒人差別に対する反発運動が活発だった。X-MEN』で非暴力により差別問題を解決しようとする立場のプロフェッサーXはキング牧師の、徹底的な抗戦でミュータントの解放を目指すマグニートーマルコムXの反映だった。
 
 『X-MEN』が実写化される際、そこにセクシャル・マイノリティの視線を持ち込んだのがブライアン・シンガーであった。シンガーはゲイであることを公表しており、シリーズでは所々ゲイ的な要素が見受けられる。
 

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 例えば、『X-MEN2』にてアイスマンが家族に自分がミュータントであることを告白するシーンなんかは、まるで自分がゲイであることを家族に告白しているかのように演出されている。その家族の反応も「普通の人にはなれないの?」と露骨だ。余談ではあるが、マグニートー役のイアン・マッケランもゲイで有名で、このシーンを演じるボビー・ドレイクにアドバイスを与えたらしい。
 
 シンガーが降板した『ファイナル・ディシジョン』や『ウルヴァリン』シリーズにはそのような差別的なテーマは見受けられないが、シンガーが製作総指揮と原案を担当した『ファースト・クラス』ではそうした要素が復活した。シリーズの前日譚に当たる本作では、若きミュータントたちの苦悩が描かれる。特にフィーチャーされているのは、レイヴン(ミスティーク)とハンク(ビースト)だ。
 

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 二人の能力は外見に特徴があることが共通している。ミスティークは普段は青い鮫肌を有していて自由自在に他人に変身することができ、ビーストは巨大な足を持ち、実験の失敗で青い毛皮を持つようになる。彼らは異様な見た目により、社会から爪弾きになることを恐れている。
 
 一見、ミスティークの方は変身能力があるので問題は無いように見える。しかし彼女は、一緒に暮らし密かに思いを寄せていたチャールズ(プロフェッサーX)から「絶対に能力や本当の姿を人に見せるな!」と厳しく言われていたのであった。しかし、チャールズは見た目は普通の人間と同じ*1なので、レイヴンは憤りを感じていた。
 

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 レイヴンにはチャールズという理解者がいたものの、ハンクはずっと一人で秘密を抱え込んでいた。靴で隠せてはいるものの、大きな足はコンプレックスだった。初めて自分と同じミュータントであるレイヴンと出会い、惹かれていく二人は、いつしかハンクが開発する薬で能力を取り除く夢を抱く。
 

 しかし、そこに現れたのがエリック(マグニートー)である。ユダヤ人でもあった彼は、幼い頃にナチスによる迫害を経験していた。彼のナチ残党への復讐劇が本作のプロットと関わっているが、彼は一方で自分がマイノリティであること、ミュータントであることを誇りに思っていた。

 エリックはレイヴンを諭す。
「何故自分を隠す?ありのままの自分にもっと自信を持て
初めて自分の容姿を肯定的に捉えてくれたエリックにレイヴンは心を動かされる。自分の見た目に自信を持った彼女は、「普通」になろうとするハンクを間違っているように思い始める。そしてついにミスティークはチャールズからも離れ、マグニートーが率いるブラザーフッド・オブ・ミュータンツに加わるのであった。
 

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 さて、『アナの雪の女王』は、詳しくは前に記事でも述べたが、自身の魔力に悩むエルサの話であった。この世界において、はっきりと魔法を持つ者は差別される存在として描かれている。ウェーゼルトン公爵はエルサを殺そうとするが、その理由はただ単に彼女が魔力の持ち主だからだ。初めてエルサの能力を目にした国民は彼女から距離を取る。
 
 しかし、本作においてエルサが魔力を得た過程は描かれていない。ネットで検索するとこの点に疑問を持つ人が多いが、実はここが大きなポイントである。何故なら描く必要はない*2のだ。ミュータントたちの能力と同じく、彼女の魔法は生まれついてのものであり、それは個性と言える。
 

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 しかし、エルサの両親は彼女を愛しているが故に、エルサを人目につかない様に城の中へ閉じ込めてしまう。これを使えば魔法を抑えられる、と手袋まで渡す。両親がエルサにしていることは若きプロフェッサーXと同じだ。社会のために個性を殺せというのだ。ちなみに巷では人目を忍ぶエルサは同性愛者のメタファーでは?と言われている。
 
 そのように教えられていたエルサは戴冠式の日、ついにこの社会では暮らして行くことが出来ないと悟り、一人ノース・マウンテンの城に閉じこもる。「Let It Go」と歌いながらそれまで着ていた服を脱いで行くが、ありのままで生きると決めたミスティークも裸で過ごしている。アナが連れ戻しに来ても「(国で暮らすことは)もう出来ないの!」とエルサは拒絶する。自分が人を傷つけてしまうというのもあるが、何より社会が受け入れてくれない。

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 しかし、『アナと雪の女王』ラストではご存知の様にエルサは国に帰ってくる。愛があればエルサは自分の能力をコントロールできることを知ったからだ。アナのみならず、国民もエルサを恐れるのをやめて一緒にアイススケートを楽しむ。マイノリティが明るく迎えられた社会が実現したのだ。
 
 一方、ミスティークの冬はまだ晴れない。いつになったら彼女たちが住みやすい社会が実現するのか?残念だけど、すぐには実現しないと思う。20世紀FOXフランチャイズ的な意味で
 
おまけ
How It Should Have Ended の『アナと雪の女王』の回。エルサの問題を解決してくれるのは…!

*1:後にハゲるが。

*2:ところで、人々が何故魔法を使う者を差別するかも描かれていないが、ここも重要だ。人は自分と異なるものを排除する生き物で、他に理由はない。