『スター・ウォーズ』の呪い/『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』☆☆☆

 『スター・ウォーズ』のアンソロジーシリーズ第二弾『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』を前夜祭興行でAMCエンパイアIMAX3Dにて鑑賞。監督はロン・ハワード、脚本はローレンス&ジョン・カスダン親子。監督降板したフィル・ロード&クリス・ミラーは製作総指揮に回る。音楽はジョン・パウエル、テーマ曲のみをジョン・ウィリアムズが作曲。若きハン・ソロをオールデン・エアエンライクが、ランド・カルリジアンをドナルド・グローヴァーが演じ、ウディ・ハレルソンエミリア・クラークポール・ベタニーらが共演。

 

※筆者は買収当初よりディズニー傘下以降のルーカス・フィルムに全面的反対の立場を取っていることに留意してお読みください*1。ネタバレはしていません。

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 製作時より何かと話題が尽きなかった『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』。当初監督は『レゴ・ムービー』や『21ジャンプ・ストリート』 シリーズのフィル・ロード&クリス・ミラーと報じられており、そのまま実際に撮影も始まったが4ヶ月半も過ぎた頃、突如二人は「創造的見地の違いから」解雇され、ベテラン監督ロン・ハワードが雇われ大規模な追加撮影や再撮影が行われた。

 

 ディズニー=ルーカスフィルム体制になって以降、監督にまつわるトラブルがあったのはこれが初めてではない。ボバ・フェットを監督予定だったジョシュ・トランクは企画段階から降板し、ギャレス・エドワーズが監督した『ローグ・ワン』の後半部分を気に入らなかったディズニーはトニー・ギルロイに脚本修正・追加撮影を監督させ、シークエルシリーズ完結版となる『エピソード9』を監督する予定だったコリン・トレボロウもキャスリーン・ケネディが満足する脚本を完成させられず降板し、JJエイブラムズが再びメガホンを握ることになった。

 

 解雇された監督たちは皆共通して新進気鋭の若手監督たちであり、作風もはっきりしている。一方で『スター・ウォーズ』もはっきりとブランドイメージが確立しているシリーズである。であれば、自分たちの作家性を発揮したい若手監督たちとフランチャイズのイメージを守りたいスタジオとの間で軋轢が起こるのは無理もない話である。

 

 今回もフィル・ロード&クリス・ミラーは彼らのスタイルである「アドリブ」を重用する演出法がキャスリーン・ケネディローレンス・カスダンの怒りを買って解雇されたと報じられている*2。代わりに起用されたロン・ハワードは『ウィロー』などで兼ねてからルーカスフィルムと繋がりもあり*3ロン・ハワードは「旧三部作精神への回帰」を掲げて演出を行なったという。これらのことからディズニーとロン・ハワードスター・ウォーズ』のイメージ像に固執して『ハン・ソロ』を製作したことが推測される。

 

 実際、完成した『ハン・ソロ』はまさに『スター・ウォーズ』感満載の映画である。宇宙酒場のシーンが出てくるし*4、雪の惑星も砂の惑星も出てくるし、これまでのシリーズに出てきた小道具や衣装も出てくるし、宇宙船チェイスの場面でおなじみの曲が流れるし、「デジャリック」「ケッセルラン」「12パーセク」「サバック」も出てくるし、驚きのカメオもあるし、徹頭徹尾ファンサービスのためだけに作られた映画だ。

 

 そしてそこに新しいものは何もない。よく言えば当たり障りがない、と言えばいいのだろうか、別の言い方では「設定」に執着した映画でもある。プリクエル含む旧六部作に出てきた設定をひたすら見せ続け、カルト的なファンの機嫌を取ることに終始した映画だ。そしてあわよくばファンの怒りを買わない程度の新設定もそこに付け加え、スター・ウォーズ・シネマティック・ユニバース」を構築しようというディズニー=ルーカスフィルムの目論見がそこに見える。

 

 ただそれは、オリジナルの『スター・ウォーズ』が最も忌み嫌った姿勢でもある。ジョージ・ルーカスは誰もが見たことがない映画を目指して『新たなる希望』を撮り、既存のスタジオに縛られないためにルーカスフィルムすら設立した。プリクエルに批判が多いのは「俺たちが見たかった『スター・ウォーズ』」が観れなかったファンからの不満からだろうが、『スター・ウォーズ』に宇宙活劇としてのイメージが付き纏っていたらからルーカスはプリクエルを政治劇や悲劇として撮ったのではないだろうか。

 

 しかし『ハン・ソロ』に限らず、ディズニーが買収して以降の『スター・ウォーズ』は全て『スター・ウォーズ』はかくあるべし、というイメージに固執してシリーズを展開しているように見える。「こんなの『スター・ウォーズ』じゃない」と批判の多かった『最後のジェダイ』さえ、その実『帝国の逆襲』と『ジェダイの帰還』から逸脱することは出来ていなかった。否、恐らくディズニー=ルーカスにもシリーズに新しい血を入れようという試みが少なからずあるために毎度新進気鋭の若手監督を起用しているのだろうが、結局はイメージ像の保守に取り憑かれてクビにしてしまうのだ。それはある意味スター・ウォーズ』の呪いとでも言えるのではないだろうか。

 

 その呪いを本作で端的に象徴していたのはハン・ソロを演じていたオールデン・エアライクである。エアライクの演技に不満を持ったスタジオはプロダクションの途中で演技コーチまで雇ったと報じられていたが、確かに出来上がった映画本編でのオールデン・エアライクはハリソン・フォードの演技にとても良く似ていた。しかし当然それは「ハリソン・フォードハン・ソロとは良く似た別の何か」でしかなく、また何が悲しくて売り出し中の若手俳優が他人のモノマネをやらなくてはいけないのだろうか。自分の個性を封じ込めることほどアーティストにおって苦痛なことはないだろう。

 

 一方、ドナルド・グローヴァーのランド・カルリジアンはビリー・ディー・ウィリアムズの喋り方や風格を似せてこそはあれ、そこにはグローヴァーらしいお茶目さやユーモアも感じられた。本作の唯一の救いがあるとするならば、彼だろう。流石はチャイルディッシュ・ガンビーノ。

*1:

*2:

*3:ロン・ハワードはそもそもジョージ・ルーカスの『アメリカン・グラフィティ』に出演もしている

*4:なんでディズニー『スター・ウォーズ』シリーズは宇宙酒場を出さないと気が済まないのだろうか…