夢のように美しい、ゾンビ王国へようこそ/『アーミー・オブ・ザ・デッド』★★☆

 Netflixオリジナル作品『アーミー・オブ・ザ・デッド』を鑑賞。監督・原案・脚本・撮影・製作を全てザック・スナイダーが兼任、音楽は『ジャスティス・リーグ:ザック・スナイダーカット』のジャンキーXL。主演は『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のデイヴ・バウティスタ、共演にエラ・パーネル、アナ・デ・ラ・レゲラ、ギャレット・ディラハント、真田広之ら。

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 ザック・スナイダーが生粋のビジュアリストであることは以前このブログで述べた。*1そんなビジュアリストのザックにとって、本作は夢のような企画だったろう。なぜなら冒頭に書いたように原作を書いたのは14年前のザック!それを元に脚本を書き直したのもザック!撮影監督をしたのもザック!ビジネスパートナーでもある妻のデボラと一緒に製作をしたのもザック!当然監督したのもザック!まるで自主映画のような体制を全面サポートしたのは、極力クリエイターの創造性を保証すると言われるNetflix。映画監督にとってこれ以上ない自由な環境を手に入れたザックにとって、本作は玩具箱をひっくり返したかのような楽しい現場だったろう。

 

 様々な役職を兼任したザックであるが、中でも特筆すべきなのは撮影監督も務めたことだろう。通常は自らのイメージを撮影監督に伝えることで、自分の脳内にある映像に極力近づけて具現化するするのが監督であるが、今回ザックは撮影監督も兼任することで、その変換プロセスのレイヤーを一枚減らしたことになり、より自身の理想に近づいたビジョンが再現できたことだろう。

 

 また、今回の撮影にあたり、REDデジタルカメラ社はわざわざザックにカスタム仕様のREDモンストロを提供している。ザックがeBbayで見つけたという、1960年代に作られたキャノンの50mm f0.95レンジファインダーレンズ(通称「ドリームレンズ」)を取り付ける為だ*2。ザックは本作に「夢っぽい」ルックを求めたというが、被写界深度が極端に浅いモンスターレンズによって、まるで灼熱のラスベガスが引き起こした蜃気楼かのようなソフトな映像表現を実現しており、それを彩る鮮血な血飛沫もいいアクセントになっている。

 

 ただでさえ非現実性を帯びやすいゾンビ映画という題材で、ザックが何故「夢っぽい」ルックを求めたのか。それはやはりザックがどこまでも「神話」というものを愛しているからだろう。ゾンビ・ケイパー映画というハイコンセプトなプロットの影に隠れて、本作のゾンビは「オリンパス」という名前のホテルに王国を築き上げている。「ゼウス」とクレジットされているゾンビの王は、虎を従え馬に跨り、王女ゾンビの腹の中に子を宿すなど、とてつもない神々しさと威厳を見せる。おまけにいつも通り堂々とジョーゼフ・キャンベルへの引用まであり、ザックの趣味趣向が存分に発揮されて思わずニヤついてしまった。

 

 ルックだけでなく、ストーリーもザックにとって非常にパーソナルなものになっている。いや、なってしまったというべきか。時間制限付きのミッションであるにも関わらず、ところどころ湿っぽい演出が長々と入ってくるのは正直ノイズであったが、どうしてもラストの展開には目頭が熱くなってしまった。ザックが『アーミー・オブ・ザ・デッド』の脚本を書いたのは14年前だというが、結果として父が娘に「愛している」と別れを伝えるための、非常に切なく悲しく、そして儚い夢のように美しい映画に仕上がった。R.I.P オータム・スナイダー。

 

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