神話世界の拡張/『マッドマックス:フュリオサ』★★★

 『マッドマックス』サーガ最新作にしてスピンオフの『マッドマックス:フュリオサ』を鑑賞。シリーズの生みの親ジョージ・ミラーが監督、ミラーと一緒に前作から引き続きニコ・ラサリウスが脚本を担当。音楽のトム・ホールケンボーグ含め主要スタッフも前作から続投しているが、撮影監督は引退したジョン・シールからサイモン・ダガンにバトンタッチ。本作でフュリオサを務めるのはアニャ・テイラー=ジョイ、その幼少期をアイラ・ブラウンが演じ、共演としてクリス・ヘムズワース、トム・バークら。

 言わずもがな、『マッドマックス/怒りのデスロード』は映画史に燦然と輝く大傑作である。世界的に熱狂的な支持を生み出した作品であり、その前日譚となる本作を心待ちにしている人は多かっただろう。しかし、『怒りのデスロード』のようなフルスロットル・ノンストップアクションを期待してしまうと肩透かしを喰らうはずだ。何故ならジョージ・ミラーは『怒りのデスロード』を渇望するファンにハイオクを追加する気はさらさらなく、神話世界の構築と物語を探究していくことにしか興味がないからである。

 

 思い返せば『怒りのデスロード』(2015)と『フュリオサ』の間にジョージ・ミラーが『アラビアンナイト 三千年の願い』(2022)を撮ったのは必然的な過程であった。『アラビアンナイト』は物語論の学者を主人公にして太古から人々を魅了してきた「物語」そのものに焦点を当てた作品であった。『怒りのデスロード』も神話性が高く英雄譚のアーキテクトに則った映画であったが、『アラビアンナイト』で今一度物語を深化させたジョージ・ミラーは『フュリオサ』ではその神話世界の拡張を試みる。

 

 本作を鑑賞中にずっと思っていたのは、『怒りのデスロード』が『スター・ウォーズ』におけるオリジナルトリロジーであれば、『フュリオサ』はプリクエルトリロジーに当たる。何もどちらも前日譚だからという訳ではない。『フュリオサ』もSWプリクエル3部作も、どちらも物語の創造主にしか描けない解像度でその社会や世界を拡張して語り継いでいるからだ。ルーカスもミラーも神話世界をミクロとマクロで捉えている。

 

 前作では語られることのなかったフュリオサの詳細な過去や、描写が少なかったシタデルでの社会や弾薬畑、ガスタウンの様子など、その細かく設計されたディテールには驚かされるばかりだが、僕がなんといっても白眉だと思ったのはヴィランのデメンタスである。『マッドマックス』シリーズでは度々登場する荒野の独裁者だが、同じ為政者としてイモータン・ジョーはシタデルに秩序をもたらしている一方で、政治手腕の劣るデメンタスはコミュニティを崩壊させてしまう。社会や世界がどのように成り立っているかの理解度の深みや厚みが、凡百のフィクションとは格が違うのである。

 

 『フュリオサ』は荒廃したウェイストランドを豊かに拡張し、傑作だった『怒りのデスロード』への理解を更に深められる補作として完璧である。一方で、冒頭で述べた通り『怒りのデスロード』とはそもそも語り口も表現目的も異なる作品であり、報道されている記録的な興行不振も『怒りのデスロード』への期待値からの落差から来ている可能性もある。一方で、ファンが望むままに作品を再生産し続けてしまうとどうなるか、我々はディズニーが散々生み出した同人映画で目撃してきた。ジョージ・ミラーが次の神話を生み出すのが早くも待ち遠しい。