今年の『ダンケルク』/『ファースト・マン』★★☆

 ニール・アームストロング船長の伝記を映画化した『ファースト・マン』をAMCリンカーンIMAXシアター*1で鑑賞。監督は『セッション』『ラ・ラ・ランド*2デミアン・チャゼル、脚本は『スポットライト 世紀のスクープ』『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』*3ジョシュ・シンガー、製作総指揮はスティーブン・スピルバーグ。音楽はそれぞれこれまでのデミアン・チャゼル作品をすべて手掛けてきたジャスティン・ハーウィッツ。ニール・アームストロングを演じるのはライアン・ゴズリング、アームストロングを支えたジャネットを演じたのはクレア・フォイ、他にエリック・チャンドラー、ジェイソン・クラーク、コリー・ストールらが出演。

※実話映画なのでネタバレもクソもないとは思いますが、クライマックスの演出について触れているので注意です。

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 本作をどうしてもIMAXシアターで鑑賞したかったのは、本作では一部IMAXカメラが使用されているからだ。「一部」と書いたのはほぼ全編はスーパー16mmとスーパー35mmで撮られており、クライマックスの月面のシーンのみIMAX 70mmカメラで撮影されたためだ。このように二種類の撮影フォーマットを使い分けたことについて、デミアン・チャゼルと撮影監督のリヌス・サンドグレン(『ラ・ラ・ランド』でアカデミー賞撮影賞受賞)は「16mmで閉塞感をドキュメンタリータッチに表現し、IMAX 70mmで『オズの魔法使』効果を狙った」と語る。1939年の『オズの魔法使』ではドロシーがオズに突入する際、モノクロからテクニカラーに切り替わる*4ことで魔法の国オズが視界に広がる様子を見事に演出している。ディズニーが製作した前日譚『オズ はじまりの戦い』(2013)もオズに突入する際は白黒のスタンダードサイズからカラーのアナモフィックに切り替わることで同様の効果を狙った。

 

 結論から言えば、デミアン・チャゼルとリヌス・サンドグレンの試みは大成功だった。宇宙船内のネジ一本まで接写でとらえる16mmのフッテージは息も詰まるような閉塞感で、テスト飛行や宇宙ミッションのシーンはトム・クロスの見事な矢継ぎ早の編集で尋常でない緊迫感を生み出している。余談だが、同じ宇宙飛行を描いたアルフォンソ・キュアロンの『ゼロ・グラビティ』(2013)がエマニエル・ルベルツキの気の遠くなるような長回しで緊張を生んでいたのとは真逆のアプローチで、しかし同じ効果を引き起こしているのは興味深い。なお、トム・クロスはこのテンポの速い編集で『セッション』でアカデミー賞編集賞を受賞している。

 

 そして件の月面世界でのIMAX切り替わりだが、視野の狭い16mmからグーンと正方形にも近い世界に視野が広がるのは何とも筆舌のし難い映画体験で、体感に訴えかける映像表現に鳥肌が立った。この体験を得るためだけに割高なIMAX料金や交通費を支払って遠征する価値は十二分にある。

 

 が、ここで思い出すのは、僕が散々去年悩んだダンケルク』問題だ。

 

 4つも記事を書いて全部読んでもらうのは忍びないので掻い摘んで話すと、去年僕が初見で『ダンケルク』を観た際は70mmフィルム版で正直退屈したが、後日ノーランが理想としているIMAX 70mmフィルム版を観に行ったらあまりにも印象が違うので驚愕した。しかし、ここで浮かび上がってくるのは、特定のフォーマットで観ないと良さが伝わらない映画は、果たして本当に面白い映画といえるのだろうか?という問題である。

 

 僕個人の映画鑑賞スタイルは映画館主義である。どんなくだらない映画でも可能な限り映画館に足を運んでみるようにしているが、だからと言って家でNetflixで観るのが好きだった人だっているし、近くにまともな映画館がないから映画はDVDやテレビ放送で観るしかない人だっているので、「映画は絶対に映画館で、それもIMAXスクリーンで観るべし!」 などという過激なことはあまり言いたくない。正直な話、日本で首都圏に住んで映画館の選択に困っていない時はそんな押しつけがましいことを言っていたが、町にブロックバスターしか上映しないシネコンが一軒しかない田舎に留学して苦しんでからは反省してから考えを改めるようになった。

 

 さて『ファースト・マン』に話を戻し、この作品を万人に勧められるかと聞かれると、これが何とも歯痒い思いをしてしまう。前述のとおりミッションが関わるシーンは迫力万点なのだが、間に挟まれるニール・アームストロングのドラマが何とも淡々としていて退屈なのだ*5

 

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 これまた話が脱線するが、『ファースト・マン』で有名なアメリカ国旗を立てるシーンが無かったことについてトランプをはじめとした右翼が本作を叩くという心の奥底からどうでもいい論争アメリカで起きていて、デミアン・チャゼルはアポロ計画ではなくあくまでニール・アームストロングの物語なので省いたと反論した。確かに、クライマックスで起こるとある仕掛けは『セッション』のラスト9分や『ラ・ラ・ランド』のラスト9分に通じるデミアン・チャゼルらしさ全開の展開で、その点チャゼルがアポロ計画の物語ではなくニール・アームストロングの物語としての『ファースト・マン』に執着したのは納得できる。しかし緊迫したミッションシーンやこのラストの展開以外は延々とトライ&エラーの繰り返しと気難しいニール・アームストロングを描写しているだけなので、上映時間144分も冗長に感じてしまう。

 

 前述したとおり、僕としてはやはりあのIMAXシーンのマジックを見せてくれただけでも満足したのだが、でもドラマパートに退屈を感じてしまったことも事実で、じゃあ僕が支払った高いIMAX料金って140分くらい待って最後のあの一瞬のためだけにあったってこと?*6と思うと何とも言えない気持ちとなった。好きなクリエイターから得てしまったこのモヤモヤ、『ダンケルク』再びである。

 

 

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*1:ちなみにAMCリンカーンIMAXシアターはNYでは最大のIMAXシアターなので、IMAXで観る意義のある映画は極力AMCリンカーンで観るようにしている。どれだけ大きいのかは下図参照。

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*2: 

 

*3: 

*4:このシーンがまた素晴らしいのは、当時モノクロからテクニカラーに切り替わる技術はなかったので、モノクロ部分はセットやプロップ・衣装を物理的にセピア色に統一してカラーで撮影しているのだ。

*5:ニール・アームストロングの人生がつまらない、と言っているのではありませんよ。念のため。

*6:と書いて気付いたが、でも宇宙ミッションのシーンも事実楽しんでたことを思うとこれは少し言い過ぎかもしれませんね、すみません。