半年間参加した海外作品から得た学び

 このブログの更新を滞らせていた主要因である、7月から参加していた海外作品の現場仕事が遂に今週終わった。もう朝4時5時にアラームで叩き起こされて、早朝の電車に乗って…という生活をしなくていいのは不思議な感覚だ。この現場に入ってから歩数を見る癖がついたが、先週までは1日平均2万歩近く歩いていたのに、現場が終わってからこの3日間は1万歩も歩いていない。それほど生活スタイルが劇的に変わったのだ。

 

 元々日本の作品にもそれほど多く参加したわけではなかったし、それも低予算のインディペンデント系ばかりだった。が、このブログにも書いていたように、5月には日本の映像作品に参加する精神的な現場を迎えており、アシスタント系の仕事は辞めるつもりでいた。この現場のオファーを受けた時も当初は乗り気じゃなかったし、断ろうとさえ思っていた。結局は海外系のエンタメ作品に関わる機会なんてそうそうないと思ったので参加してみたけれど、今ではあの時勇気ある決断をして本当に良かったと思っている。

 

 当たり前だけど、基本的な人権が保障されていることがまず驚いた。集合時間から撮影終了までを12時間で終わらせる海外基準の労働ルールでスタッフは動いていた。もちろん、細かいことを言うと集合時間前には各部準備や仕込みもあり、撮影終了後にはバラシもあるので、厳密には12時間で帰れていたのは海外から来日してユニオンルールで守られていたクルーやキャストだけだっただろう。それでも超過時間分は残業代を払ってもらっていたし、週休2日は可能な限りプロデューサー陣が守ろうとしていた。

 

 そういえば撮影が始まった7月当初、大体金曜日の撮影は午後始まり、つまり土曜日早朝に終わり、月曜日はまた朝早くから始まるので、実質的な休日は1.5時間しかなく、僕含めて現場は相当文句を言っていたが、そうした現場の声を広げ上げて後半ではスケジュールが改善されていたのは感心した。他業種から見れば当たり前のことかもしれないが、僕が知る限りでは大体予算の少なさを言い訳に苦笑いしながら謝るだけでキツいスケジュールのまま進行するのが日本式のやり方だ。

 

 また、スタッフ間でリスペクトがあったのはとても良かった。正直に言うと、厳しい海外クルーやクソやろうと罵りたくなるような嫌な海外クルーもいた。が、仕事のやり方の違いにフラストレーションや意思疎通の齟齬があっても、人格否定的な言動をする人間はほとんどいなかった。これまた感心したのは、僕が所属していた部のリーダーにあたる人間は、どんなにストレスフルな環境に置かれていても、必ず「サンキュー」と一言付け加えてくれることだった。また、彼女は撮影の終わりや飲み会の場で、必ず「あなたは毎日とてもいい仕事をしているし、本当に感謝している」と告げてくれた。

 

 自己卑下するわけではないが、僕は鈍臭いし、不器用だし、人見知りだし、客観的に見てもとても優秀なスタッフだとは思わない。それでも一人の人間としてまずリスペクトを持って接してくれた彼女のおかげで僕は自信を持って仕事をすることができたし、毎日を楽しくポジティブに過ごすことができた。彼女だけでなく、僕の上司や先輩にあたる人たちは全員同じようにまず褒めることや長所を伸ばすことを優先し、欠点はどうすれば解決できるか冷静かつ具体的に指摘してくれたのは本当にありがたかった。間違いなく、僕の人生の中で最高の上司や師匠と言える人たちで、心の底から感謝しているし、僕も自分より立場の低い人間には同じように接しようと固く決めた。

 

 一方で、これまた何度も書いていることだが、僕が現場でちょっと嫌な気持ちになったり落ち込んだりするのは、大体日本のスタッフの心無い言動だった。もちろん、ホットラインが設置されているし、リスペクトトレーニングの参加が義務付けられているので、一般的な日本の現場と比べたらある程度は随分とはマシだろうが、それでもそれはただ「怒鳴らない」ように気をつけているだけの人もたくさんいて、他者へのリスペクトに欠ける発言や行動を見掛けた。

 

 僕がこの現場に参加して思った事は、日本の映像業界は崩壊する瀬戸際にいる、ということだ。低いギャラで時間に余裕もなく、キツくストレスだらけの現場で若手がいつまでも残っているとは到底思えない。仮にキツい現場を生き延びても、悲しいことにそれが正攻法だと思ったサバイバーたちは、次の世代のスタッフたちに同じようにキツい環境を与えるだろう。また、こうしたホワイトな海外作品の現場に触れて、海外にその才能を持っていこうと考える人も多いかもしれない。いずれにせよ、日本国内の映像業界人口はますます先細り高齢化が進むだろう。

 

 僕は最近邦画をあまり観なくなった。元々観ていた方ではないが、内情を知れば知るほど観る気も失せてきた。よく映画ファンや評論家から「ゼロ年代と比べて、最近の邦画は質が高くなった」と聞くけれど、果たして本当にそうだろうか。僕がこの作品に参加して衝撃だったのは、1カット1カットに費やす時間の長さだった。もちろん、現場スタッフの疲労につながり、ストレスにつながる場面もあったが、十分な予算と時間に余裕があれば一つのカットの質向上にここまで労力をかけられる。そして更に驚きなのは、海外基準で言えばこの作品は「予算がない」作品なのだ。対してほとんどの邦画やテレビドラマは、まず元から無理あるスケジュールをなんとかこなすことを優先しているだろう。

 

 映画は資本力が全てだとは思わない。結局は出来上がった物語が面白いか否かに尽きる。一方で、映画は総合芸術である。この作品に参加してもう一つ学んだことは、意外にも監督以外のスタッフのアイディアやクリエイティビティが大きな重要度を占めている、ということだ。どの業種でも会社でも、労働者を大切にできない企業は間違いなく廃れていくが、映像業界も例外ではない。近年、日本をロケ地に撮影する海外系作品は多く、来年も数本あることは噂話程度で聞いている。こうした黒船を目の当たりにして、日本の映像業界が変われるか、否か。