台湾旅行記 vol.8 〜行きて帰りし物語〜

1月8日

 マクドナルド事件*1から一夜明けて。このAirbnbはオーナーさんが朝食も用意してくれているが、想像以上に豪華だった。全て地元で採れた材料をもとにヘルパーさんとわざわざ作ってくれた。

 

 義妹とそのボーイフレンドのアメリカ人は13日まで残るが、僕と婚約者は明日の便で成田に帰る。つまり、二組であちこち行ってきた台湾旅行も今日でお別れ。宜蘭駅まで送ってもらい、最後はお別れのハグを交わす。あれだけ笑わせてくれた喧嘩漫才をもう見れないのが少し寂しい。またぜひ空いたいので、二人がいつか夫婦になってくれることを祈る。

 

 1時間かけて台北へ戻る。特にすることもなかったが、僕はこの旅の道中自分のポートフォリオのためにずっと映像を撮影しており、どうしても台湾橋に行きたかった。というのも、台湾はバイクの交通量が多いことで有名な国だが、その中でも台湾橋の高速出口ではトンデモない量のバイクが出てくることで有名なのだ。

 

 ホテルに荷物だけ預かってもらうと、婚約者に頼んで台湾橋に連れて行ってくれるようタクシードライバーに頼んだら、鼻で笑われた。というのも、平日朝のラッシュアワーでこそバイクの洪水が見られるのであって、今行っても大した量ではないよ、とのことだ。婚約者も正直行きたくなさそうだったが、僕はそれでも見たい!ということで無理を承知で台湾橋へ向かう。

 

 さてはて、台湾橋へ到着するや否や、バイクの大群が見られるではないか!と興奮していると、婚約者やタクシードライバーは笑っている。曰く、こんなのは台湾では全然大したことのない量のバイクだそうだ。それでも、日本人の僕にとっては凄いバイクの数で、ハシャいで動画や写真をたくさん撮った。この台湾旅行のVlogは近日公開予定なので、乞うご期待!


 昼は僕のアメリカ留学時代の後輩が実は今台北にいるというので、合流してランチ。可愛らしい彼女さんを連れてきたが、彼は1年以上台湾にいるも、彼女と出会った3ヶ月前まで中国語は全く話せなかったらしい!しかし、今は僕よりもずっと会話ができているので、げに愛のパワーというのは偉大である。いやーそれにしてもしかし、一方で2年以上も一緒にいるのに一向に中国語が上達しない僕は情けないものである。なお、僕と後輩は僕がアーカンソーを離れてなんと6年以上会っていなかったことが発覚し、その間逞しく生きてきた彼の話を聞けて良かった。お互いに元気そうで何よりだ。

 

 はてさて、その後は台北川沿いの「大稲埕碼頭貨櫃市集」に行く。ここは横浜とかお台場のように、水辺に沿ってオシャレな出店や写真スポットが並ぶウォーターフロントである。ちょうど夕景に差し掛かる頃で、とても綺麗な景色だったが、周りを見渡すと結構外国人やLGBTカップルも少なくない。以前書いた通り、本当に台湾というのは小さい島国ながら多少性に富んだ国である。

 

 はてさて、実はこの日は婚約者の誕生日であった。しかし、台北が何も分からない僕は残念なことに何もできず、台北に住む婚約者の親友がレストランやケーキなど全てセッティングしてくれた。またもや本当に情けなくて申し訳ないが、プレゼントは日本で用意しているから勘弁しておくれ…。この日3人で食べたのは客家料理。また食べきれない量が出てきたが、いい加減この感じにも慣れてきた。婚約者の親友がテイクアウトして向こう何日かはこれで暮らすそう。

 

 散々遊び尽くし、寝るためだけのホテルに泊まり、4時おきに備えて早めに寝る。

 

1月9日

 長かった台湾旅行もいよいよ終わるが、最終日にして軽い事件。台湾ではLINEがLINEタクシーというサービスを展開していて、Uberみたいに配車ができるのだが、前日に予約していたはずのタクシーが来ない。

 

 15分遅れて派手なテスラがやってきたが、謝るのではなく開口一番「朝早いな〜」だったそうだ。(もちろん僕は中国語が分からなかったので、後から婚約者にそう聞いた。)早朝で交通量があまりないとはいえ、赤信号は無視したり結構スピード出したりするし、僕が日本人だと知ると雑談しながら高速でずっとテスラに搭載されているGoogleマップで日本の地図を出しながら遊んでいる。なお、このドライバーよく喋るなぁと思っていたら、ウトウトしていたので寝ないように婚約者が敢えて色々話しかけていたらしい。

 

 無事に事故は起こさず、なんとか空港に辿り着く。ドライバーが婚約者に次に来台した時に備えて電話番号を渡していたけど、まあ使わないだろうなぁ…。チェックインもスムーズに行き、お土産を買ってセキュリティを通る。

 

 実は爆破予行があって遅れていた行きの飛行機*2とは異なり、帰りの便も時間通りに来た。台湾に来る時はあれだけ色々あったくせに、帰りはまるで台湾に「はよ帰れ」と言われんばかりのスムーズさ。まあ1週間もいたからね。あまり寂しさを感じないのは、台湾がもう僕の新しい故郷になっているからである。来年もどころか、これから何十年とお世話になります。