史上最もノーランらしい映画が、映画業界を復活させた!/『TENET テネット』★★★

 世界中の映画ファン待望クリストファー・ノーラン最新作『TENET テネット』をグランドシネマサンシャインIMAXレーザーGTで鑑賞。ノーランは監督の他に脚本と妻のエマ・トンプソンと共に制作も勤める。撮影監督は『インターステラー』『ダンケルク』に引き続いてホイテ・ヴァン・ホイテマ、音楽はノーラン組としては初参戦のルドヴィグ・ゴランソン。主演は『ブラック・クランズマン』のジョン・デヴィッド・ワシントン、共演に『グッド・タイム』ロバート・パディンソン、『ロスト・マネー 偽りの報酬』エリザベス・デビッキ、『オリエント急行殺人事件ケネス・ブラナー、そしてノーラン映画のミューズ マイケル・ケイン

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 先日、「『フォロウィング』から予想する『テネット』」という題の記事を書いたが、その中で僕はこんなことを書いた。

 以上から察するに、『テネット』は「時間」をテーマに、スパイ映画らしさフィルム・ノワールのルックをふんだんに盛り込んで、主人公が自らを超越した「強大な力」によって「運命」を握られる映画になるのであろう。

(中略)

最後にもう一つ予想を立てるのであれば、『テネット』は「見終わった時は勢いとアイディアに衝撃を受けるのだが、後から冷静になってよくよく考えてみたり、繰り返し見ると作劇に粗が目立つものの、なんだかんだでやっぱり好き」な映画になるんじゃないかなぁ、と予想する。

 

 さて、待ちに待った『TENET テネット』に臨んだが、我ながら自分が全く書いた通りになるとは思わなかった。『TENET テネット』でノーラン通算11本目の長編監督作になり、スタッフもだいぶ入れ替わってきたが、これまでで一番ノーランらしさが濃い作品になった。

 

 そもそも予告の段階で(i)「時間」の逆行がテーマになることは明白だったのでおいておくとして、今回は特に(ii)スパイ映画への愛が光った。ジョン・デヴィッド・ワシントンが演じる「主人公*1」はそもそもCIA職員で、そのうちTENETという組織にリクルートされ、第三次世界大戦を阻止するための任務に就く。

 

 第三次世界大戦」というキーワードのいい意味でのバカっぷりロジャー・ムーア時代の『007』を想起させ、世界を救うために世界の観光名所を回るのもさながらボンド映画。もちろん、逆バンジージャンプや時間逆行トンネルなど素敵ギミックもそのイメージを強化させる。

 

 ちなみに、好きな映画ではあるが『ダークナイトライジング』でロシアの物理学者と核兵器が出てきた時に「2010年代にもなって米ソ冷戦かよ」とガッカリした記憶がある。今回の『TENET テネット』でも核兵器が関わっていて、ロシア人の敵役をイギリス人のケネス・ブラナーがコテコテのロシア訛り英語で演じている分*2、余計にステレオティピカルな悪人像が出来上がってしまっているものの、これはリアリティやポリティカリーコレクトネスよりも、ノーランのボンド映画への憧憬からきているのだと考えると納得がいく。ノーランの頭の中では一生米ソ冷戦が繰り広げられているし、それでいいのだ。

 

 各所で批判されていることではあるが、今回の演じる登場人物はやや型にはまり過ぎているきらいはある。先ほども言ったように主人公には名前がないばかりか背景もドラマも葛藤もないし、敵もステレオタイプの塊で、ヒロインも金髪美女である、以外にキャラクターがない。しかし、この影ある金髪美女もノーランの大好きな(iii)フィルム・ノワールからの引用だと考えれば合点がいき、『TENET テネット』はノーランが好きなものを詰め込んだ上で、無駄なものを徹底的に省いているため、非常に抽象度の高い作品に仕上がっているとも言え、だからこそノーラン映画らしさがいつもに増して強い。

 

 そして、これぞノーラン映画の真骨頂だと思ったが、(iv)既に物語が始まった時点で「運命」は決まっているのである。劇中でも「タイムパラドックス」や「祖父殺しのパラドックス」などを持ち出して予防線を張っていたが、側から見れば劇中内の出来事は見事に永遠にループしている。前に記事に書いたように、ノーランはこの円環構造を『Doodlebug』の頃から繰り返しており、今後も一生描き続けるモチーフになるのだろう。

 

 ノーランは執心的なほどにフィルム原理主義者・劇場主義で、IMAXカメラで撮影したこだわりのアクションシーンや、時間の逆行というアイディアに説得力を持たせるためのプラクティカル・エフェクトや編集、生のセリフ音が聞こえないくらいのド迫力の音響には大きな満足感を得られる。しかし、冷静になって考えると(iv)なんだか話はえらく粗くてツッコミどころは多かった気がする。

 

 というか鑑賞中、頻繁に「今なぜこのミッションに挑んでいるのか」よく分からなくなることがある。しかも失敗しているにも関わらず何事もなかったかのように話が進んでいて仰天するが、冒頭でしっかりと「考えるな、感じろ」というブルース・リー御大の究極のアンサーが述べられていたので、もう言われるがままに楽しむことにした。そしてこれもノーラン映画の凄いところだと思うのだが、どんだけ話が複雑(そして粗く)でも、観客はプロットやコンセプトをしっかりと理解できる。ノーランが今時珍しい名前で集客できる名監督になったのも、この部分が非常に大きいのではないだろうか。

 

 最後に、コロナ禍で映画業界は一度死んだ。僕もコロナ中に『ザ・ルーム』を公開したけれども思っていたようにうまくいかなかったし、ソーシャル・ディスタンスの為に席を減らされた劇場で観る映画の物足りなさったら無かった。しかし、日本ではついに先週末より映画館での座席数50%制限は取り払われ*3『TENET テネット』はフルキャパシティで興業することができ、今日なんかは平日昼の回だというのにほぼ満席で驚いたものだ。

 

 まるで時間が逆行したかのようにかつての活気が戻ってきただけで嬉しかったし、僕は『TENET テネット』に非常に満足して劇場を後にすることができた。世界各国でも映画館が再開し始め、その記念すべき一発目として『TENET テネット』が公開されており、劇場主義を掲げるノーランにとっても印象深い作品になったんじゃないかな。ノーラン映画最高!

 

*1:エンドロールの役名でもProtagonist(主人公)だった。

*2:ちなみに、ケネス・ブラナーは自ら監督した『エージャント:ライアン』でもコテッコテのロシア人の悪役を演じていた。あの作品も今更ロシアが核がどーのこーの言っていてすごく冷めた。

*3:実際には、全席解放する劇場は場内飲食禁止で、逆に座席数を50%制限のままにする場合は場内で飲食できる。飲食物や物販が映画館にとっては最大の収入源なので、これからも劇場の苦悩は続くのだろうなぁ……