『フォロウィング』★★☆から予想する『テネット』

 クリストファー・ノーランがユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンの学生時代に制作し、業界の注目を浴びる契機となった『Doodlebug(蟻地獄)』という短編がある。3分ほどの尺で台詞もないので、未見の方は是非みて欲しい。

 

 どうだろうか。あなたは今「うわー、ノーランっぽい」と思ったのではないだろうか。大手制作スタジオがアメコミや誰もが知る既存フランチャイズの続編やリメイク・リブートにしかビッグバジェットを与えられなくなってきた中で、ノーランは作家性だけで贅沢な予算と編集のファイナルカット権を勝ち取った数少ない監督のうちの一人である*1。じゃあ映画に詳しくな人でも感じ取れる「ノーランっぽさ」がなんなのかを考えていくと、『Doodlebug』とほぼ同じ座組みで翌年制作された長編デビュー作『フォロウィング』もいいヒントとなる*2

 

 

 『フォロウィング』は人を尾行する趣味を持つビルが、コッブという男を尾行中に気付かれてしまったことで、コッブの泥棒業に加担する羽目になるスリラー映画だ。ノーランが一躍有名になったのは『メメント』からだが、『フォロウィング』の時点でノーランは時系列をシャッフルしている。

 

 それからノーランはリメイク作品の『インソムニア』と原作付きの『ダークナイト』『ダークナイトライジング』を除き、編集で時系列を必ず弄っている。『バットマン・ビギンズ』や史実を題材とした『ダンケルク』ですら時間軸を操作しているのは相当だが、『Doodlebug』には時計のカットが象徴的に差し込まれているあたり、ノーランは「時間」に執着心があるのは間違いない。『テネット』では遂に時間の逆行がテーマになっているが、また複雑な時間軸の編集が見られるのではないだろうか。

 

 もう一つ、ノーラン映画を「ノーランっぽさ」たらしめているいるのは、スパイ映画とフィルム・ノワールへの憧憬だ。『フォロウィング』は泥棒を働く映画だが、ビルのメンターとなるコッブは盗人と悟られないためにもスーツをスタイリッシュに着こなした英国紳士であり、まるでジェームズ・ボンドだ。やがてビルもコッブを真似てスーツを着用するようになるが、二人が巧妙な手口で泥棒をする様はまるでミッションに臨むスパイのようで、なんなら金髪美女との恋愛もあるのも『007』だ。

 

 『ダークナイト』シリーズだって60〜70年代に作られたスパイ娯楽大作のように面白ガジェットがたくさん登場したし、『インセプション』もスパイ映画らしいケイパーものになっていたし、『インターステラー』ではNASAの会議室の扉が開くと『ムーンレイカー』よろしくロケットの開発場になっていたのはコテコテなスパイ映画らしいルックである。『テネット』も予告編を見る限りではスパイ映画路線を貫いているのは間違いない。

 

 先ほど「金髪美女」と書いたが、ファム・ファタールが登場するようなフィルム・ノワールをノーランが好んでいるのも自明だ。白黒の『Doodlebug』『フォロウィング』は照明の陰影がより一層強調されるので分かりやすいが、カラーになってもノーランの映画はコントラストが際立っていてノワールを連想させる。そしてノワール映画よろしく、ノーランの映画は美女が主人公を破滅に導くことが多い。

 

 が、僕がノーラン映画を一番ノーランっぽくたらしめているのは、「強大な力に主人公の運命が支配されている」点にあると思う。『Doodlebug』は僅か3分でその宿命が描かれており、『フォロウィング』は事態を改善させるためにビルが必死にもがくが、実は最初から手のひらの上で転がされていたことが終盤で分かる。『メメント』は時系列が逆行して始まっているが故に、物語の因果関係が既に決定づけられている。原作ものの『インソムニア』『プレステージ』『ダークナイト』3部作、史実をベースとした『ダンケルク』は置いておくとして、『インセプション』はコブが自らの犯罪歴を消せるほどの力を持ったサイトーに雇われる話だし、『インターステラー』は主人公を導いたのは主人公だった、という『Doodlebug』に近い発想を数百倍ものスケールでやってのけた。

 

 以上から察するに、『テネット』は「時間」をテーマに、スパイ映画らしさフィルム・ノワールのルックをふんだんに盛り込んで、主人公が自らを超越した「強大な力」によって「運命」を握られる映画になるのであろう。……うむ、まるで予想になっておらず、それっていつものノーラン映画じゃん!というお叱りを受けそうだが、最後にもう一つ予想を立てるのであれば、『テネット』は「見終わった時は勢いとアイディアに衝撃を受けるのだが、後から冷静になってよくよく考えてみたり、繰り返し見ると作劇に粗が目立つものの、なんだかんだでやっぱり好き」な映画*3になるんじゃないかなぁ、と予想する。そういうところも含めて、「ノーランっぽさ」なのだ!

 

*1:他にはノーランと同じくらいのバジェットとコントロール権が与えられている監督はマイケル・ベイくらいなのは、特筆すべき

*2:『Doodlebug』『フォロウィング』の頃からのちの奥さんとなるエマ・トーマスがプロデューサーとして関わり、弟のジョナサン・ノーランも手伝っているのが感慨深い

*3:いや、マジで、『Doodlebug』は円環構造に感銘を受けるものの、主人公と全く同じ動きをする小さい「虫」を追いかけるのであれば、小さい虫は主人公が住んでいる部屋と全く同じ小さい部屋にいないといけないんじゃないか?と思う。『フォロウィング』は時系列シャッフルに騙されそうになるけれど、時系列順になって考えると「都合よくことが運び過ぎじゃない?」なんて疑問が浮かぶし、昨日見た『インターステラー』も「行き当たりばったりすぎるだろ!」なんて思ったりした。でも、やっぱり初見時にはそういう粗には気付けないあたり、やっぱりノーラン映画は大好き。ダンケルク』は除く。