『TENET テネット』は難解な映画か?

 そういえば、昨日『TENET テネット』の2回目を鑑賞してきたのですが、2回目ともなると頭を整理してみることができました。逆に言うと再鑑賞しないとやはり何が起きているか分かりづらく、実際一緒に観にいった初見の友人はついていけずに爆睡していました。IMAX料金が勿体無い!

 

 で、一つ確信に至ったのですが、ノーランはビジュアルストーリーテリング力に実は欠けているのではないか、と言う点です。これは『インターステラー』を再鑑賞した時も思いましたが、ノーランの映画では主人公たちが「今」「どういう」ミッションを「何故」行なっているのかが非常に分かりづらいです。しかし一方で、実はこれから行われるミッションは、その直前にセリフとして口頭でキチンと説明しています。じゃあ、なんで分かりづらいかというと、まさに映画なのに全て口頭で説明しているからであって、セリフや字幕を追っているうちに当のミッションがなんのために行われているかを忘れてしまうのです。

 

 『TENET テネット』を観た方は覚えておいででしょうが、劇中の一つのハイライトとして空港でのアクションシーンがあります。実際にジャンボジェット機を購入・破壊して行われた大規模な撮影であり、かつ時間を逆行した「敵」との初めての戦闘場面でもあるため、強く印象に残っているかと思います。

 

 しかし、じゃあ主人公たちが何故そもそもあの空港で色々と工作していたのか、を初見で説明できた人は少ないんじゃないでしょうか。もちろん、ヒロインのキャットのために、とある贋作絵画を盗む目的で潜入するのですが、じゃあそもそもなんで贋作絵画を盗む必要があったか、を覚えている人はいますか?正直オツムの弱い僕は2回目を観たときに「ああ、そういえばそんな話してたね」とやっと思い出したくらいでした。*1

 

 逆に、今回のクライマックスで展開される圧巻の「時間の挟み撃ち作戦」は非常に複雑なシーンであるにも関わらず、誰もがワクワク楽しんだ場面だったと思いますが、これは事前のシーンでホワイトボードを使って馬鹿丁寧にどういう作戦かを説明しているからなんです。こういう風にキチンと作戦の成功条件はなんのか、失敗条件はなんなのかを画的に説明してくれると分かりやすい*2のは当然なので、もっと他のシーンや映画でもやるべきだと思うんですよね*3

 

 今『TENET テネット』は「時間逆行」という突飛なアイデアを使っているだけあって、「難解な映画」であることが話題を呼び、ネット上には解説動画や考察レビューが溢れ、リピーターも続出しています。が、僕は『TENET テネット』は「時間逆行」のシステムが分かりづらいのではなく、単純にノーランが説明下手で不親切だから分かりづらいのだと思います。

 

 しかし、これまた『TENET テネット』の、というかノーラン映画の凄いところでもあるんですが、これだけ説明下手でも漠然と理解できますし、ちゃんと面白いんです。ノーランはよく藤子・F・不二雄のSF作品と比べられがちですが、僕はどちらかというと荒木飛呂彦的な世界観に近いと思いました*4。『ジョジョの奇妙な冒険』には時になんだかよく分からないスタンド使いが出てきますが、それ以上に誰も観たことのない衝撃的なビジュアルで読者を説得させて黙らせます。おそらく、あの世界観やスタンド能力を全て完全に理解しているのはこの世でただ一人荒木先生だけで、我々読者はあの独特な画風を通して荒木先生の怪奇な脳内を覗き見ているのです。

f:id:HKtaiyaki:20200930020432p:plain
荒木飛呂彦的世界観を説明する良いセリフ

 

 ノーランも荒木先生同様「誰も観たことがない衝撃的なビジュアル」を映像化する能力に非常に長けていて、観客は観たことないものを観させられてしまったので、おそらくこの世でただ一人ノーランしか理解していない*5であろう世界観やルールに対して納得せざるを得ないのです。ノーラン映画には説明力はありませんが、圧倒的な説得力がある故に、熱狂的な支持を得られているんだろうなぁ、と思いました。信者の僕がいうのもなんですが!

 

 ……今「信者」と書いていて思いましたが、説明を聞いても理解はできないけれど説得されてしまうのは宗教と同じですね!ノーランが熱狂的かつカルト的な支持を集める一方で、拒否反応を起こすくらい嫌いな映画ファンが少なくないのも、もしかしたらノーラン映画が宗教に近いところがあるのかもしれません。考えるな、感じろ!

 

 

 

*1:しかもこのミッション、失敗しているにもかかわらず、主人公はキャットに成功したことを告げ、後のシーンではキャットの旦那であり悪役のセーターが大事に保管していることが判明します。マジで主人公たちは一体何しに行ったんだ!

*2:それでも相変わらず「なんでこの作戦をやる必要があるのか」は忘れがちになったりしますが

*3:念のため言って起きますが、『インターステラー』でもホワイトボードを使ったり、「流石にこの作戦はややこしすぎるぞ!」って時はノーランは懇切丁寧にビジュアルで説明します。が、それ以外では「観客もバカじゃないんだし、わかるっしょ」って感じで投げやりで言葉で全部説明するのは困ったものです。

*4:そういえば、『ジョジョ』も圧倒的にセリフ量が多い漫画であることもノーラン映画と似ています

*5:なお、共同脚本執筆作品の場合はジョナサン・ノーランも含む