無駄な恋愛などない/『花束みたいな恋をした』★★★

 TOHOシネマズ日比谷にて『花束みたいな恋をした』を鑑賞。監督は『ビリギャル』の土井裕泰、脚本はテレビドラマ『カルテット』の坂元裕二。主演のカップルを演じるのが菅田将暉有村架純、脇を清原果耶、細田佳央太、オダギリジョー戸田恵子岩松了小林薫らが固める。

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 「参ったなぁ」というのが鑑賞直後の感想だった。昨年劇場で予告編を観た時は正直ナメていたし、観に行ったのも恋愛映画好きの彼女に付き添ったからだ。しかし、蓋を開けてみると僕はマスクが湿気でふやけるほどボロボロ泣いてしまった。劇場が明るくなってふと横を見ると、彼女も号泣していた。気まずいのは恥ずかしいからではなく、その涙の意味をお互い分かっているからだ。

 『花束みたいな恋をした』という独特なタイトルは、劇中内で絹ちゃん(有村架純)が麦くん(菅田将暉)に発する「女の子に花の名前を教わると、男の子はその花を見るたびに一生その子のことを思い出しちゃうんだって」というセリフに由来するのだろう。「花束みたいな恋」というのは「思い出が詰まった恋」と読み取れる。

 

 個人的な話で恐縮だが、僕は人生で一度だけプロポーズをしたことがある。ビザを没収されてアメリカから日本に帰らないといけないので、諦めるために振られる前提でしたプロポーズだった。その子と出会った日に、好きな映画が『カリガリ博士』と『市民ケーン』だと彼女が話した瞬間、夢中になった。お互いにオススメの映画や音楽を紹介しあって、アートの話をしたり、ゲームで遊んだり、刺激し合うのが非常に心地よかった。

 

 が、現実社会は無情で、お互いに仕事が忙しくて精神的に疲弊していた。「会うのはもう止めよう」と彼女の方から切り出されてしばらく放心したが、強制送還後に荷物を取りに3ヶ月だけNYに戻った際、「もう一度会おう」と言ってくれたのも彼女の方だった。二人とも仕事も変わって大分気が晴れていたけれど、どう考えてもこの関係が続きっこないことはお互いに分かっていた。しかし、僕は彼女よりも幾分か未熟だったので、最後に叶いっこないプロポーズだけしてサヨナラをした。彼女は「そんなのあり得る訳ないじゃん」と笑っていたけれど。今思い返せばダサいカッコつけ方だったな。

 

 この映画でも麦くんと絹ちゃんは、5年もの間で花のようにかけがえのない思い出を束ねていく。二人が「映画のように」運命的な出会いを果たしたことを除けば、二人が様々なポップカルチャー*1で繋がり、好きあっていく様子は生々しくて、あまりにも尊い。しかし、麦くんと絹ちゃんよりちょっぴり大人な僕は、どれだけ「運命だ」と思った相手でも、恋に盲目になっている間に少しづつ綻びが生じていくことも知ってしまっている。

 

 本作では冒頭で結末を提示しているだけに、麦くんと絹ちゃんが密に愛し合っていく過程を丁寧に見せているのがあまりにも切ない。二人の間に生まれた小さな溝も、雪だるま式に大きくなっていくのが細かい台詞や演出の妙で嫌という程実感させられる。*2誰かと別れた経験がある人なら、後半の方はタイムリミットサスペンスのような緊迫感を覚えるだろう。

 

 が、仮に恋愛に失敗したとしても、その関係は決して無駄だった訳ではない。むしろあの眩しかった日々は、自分を成長させてくれる糧であり、未来の関係に更なる輝きを与えてくれる光源だ。最後の麦くんの満面の笑顔で、叶わなかったあの時の花束みたいな恋愛に感謝を捧げたくなったけれど、横で泣いている今の彼女もきっと同じことを思っているからこそ、ものすごく気まずいんだよな*3

 

 一人、あるいは恋愛感情のない友達同士で見にいくのがオススメです。

 

 

*1:ちなみに、登場する作品名や人名が一々絶妙で、劇中内で「薄っぺらく」描写されている人たちが好んでいる映画や音楽も意地が悪いくらい秀逸

*2:前半の初々しいベッドシーンと比べた時の、後半の処理感の強いセックスシーンよ!

*3:もっと気まずいのは、彼女が毎日このブログを読んでいる、という事である。でも書かずにはいられなかったんだよ…。