今、NBA界ではボストン・セルティックスのエネス・カンター・フリーダムという選手がちょっとした話題でして。
このブログでも以前から書いているようにレブロン・ジェームズやケヴィン・デュラントなど、NBA選手には社会や政治に関する関心が高い選手が多いですが、エネス・カンター・フリーダムは中でも最も社会的発言をすることに躊躇がない選手の1人だと思います。
彼がまだ「エネス・カンター」だったころ、彼の母国だったトルコのエルドアン大統領の独裁をツイッターで痛烈に批判したことをきっかけに、彼の父は大学の職を追われ、テロリスト認定されました。一時逮捕されて勾留ののち釈放されましたが、エネス自身はトルコのパスポートを剥奪され、トルコ政府から国際令状が出されています。以来、エネスは一度もトルコに帰っていないばかりか、親族とも連絡を断ちましたし、暗殺の危機があるためNBAが主催する国際イベントには全て欠席しています。
民主主義を愛する彼の気持ちはよくわかりますし、母国を理不尽に追われる目にあったエネスを支持したいのは山々ですが、今年彼は少し「過激化」してしまったように見えて心配になります。きっかけは中国批判でした。
人権意識の高いエネスがチベットやウイグル、香港、台湾問題などを抱える中国を批判するのはある意味当然のことです。最近では行方不明となった女子テニスプレイヤーの件もあり、声高に中国を批判するエネスはどこぞの金だけを考えて無批判のIOCよりはよっぽど偉いし尊敬します。なお、エネスは自身のモットーをより明確にするために、最近アメリカの国籍を取得し、その際に名前を「エネス・カンター・フリーダム」に改名しました。
ただ、エネスの行動に少し同意をしかねるのは、彼がその矛先を同僚であるNBA選手たちに向け始めたことです。今年中でも話題となったのは、彼がレブロン・ジェームズを標的にしたツイートでした。
Money over Morals for the “King” 👑
— Enes Kanter FREEDOM (@EnesFreedom) 2021年11月18日
Sad & disgusting how these athletes pretend they care about social justice
They really do “shut up & dribble” when Big Boss 🇨🇳 says so
Did you educate yourself about the slave labor that made your shoes or is that not part of your research? pic.twitter.com/YUA8rGYeoZ
"キング(レブロンの愛称)"にとって、金はモラルより上だ。
彼のようなアスリートたちが社会的正義に関心があるふりをしているのは悲しいし、気分が悪い。
あんたらはビッグボスの中国が発言したら、本当に「黙ってドリブル*1」するんだな。
あんたらは自分が売っている靴を作っている奴隷労働者たちのことについて勉強したのか、それともリサーチ対象外なのか?
(筆者訳)
ここでエネスがレブロンを批判している内容は、一部理にかなっています。確かに、レブロンは人種差別に関しては発言に躊躇がないものの、中国の問題に関して問われると答えを避けようとする傾向があります。また、リーグとしても中国のビッグマネーに依存し、2019年にヒューストン・ロケッツのGMダレル・モーリーが香港の雨傘運動擁護を表明して中国政府を怒らせた際、全く身内を擁護しようとはせず中国のゴマを擦ってばかりいました。なお、この時レブロンも「ダレル・モーリーの発言は間違っている」と捉えかねないような発言をしたのも問題になっていました。
レブロンは、モレーのツイートについて「ダレルと言い合いをするつもりはない」「自分の個人的な意見だけど」と断ったうえで、間違った情報に基づいていると思うとコメント。これはこれで波紋を呼びそう。もっとも、最初に「この件に関しては十分に知識がないのでコメントしない」とも言っていたけれど https://t.co/hs1m3jH4JM
— Yoko Miyaji (@yokomiyaji) 2019年10月15日
レブロンがモレーGMについて"misinformed"や"not educated"と言ったのは、あのタイミングで問題になるようなツイートをしたことによって、中国遠征のチームが影響を受けるという意味で、と>RT。改めてその部分を聞きなおしてみたけれど、そう言われてから聞けば、そうも受け止められる…かな。
— Yoko Miyaji (@yokomiyaji) 2019年10月15日
ですが、黒人のレブロンが人種差別に声をあげるのは当たり前で、スターとなって以降も彼自身の家に差別的な言葉がペンキで悪戯書きされるような酷い仕打ちを受けているからです。また、レブロンが中国への発言を避けるのは「自分はまだ十分に知識がないからコメントしない」とも語っており、自分の不勉強な分野で発言に慎重になるのは同じ人間として分からなくもないです。*2
そして、さらに僕が感心しなかったのは、エネスのこちらのツイートです。
Shame on you @JLin7
— Enes Kanter FREEDOM (@EnesFreedom) 2021年12月5日
Haven’t you had enough of that Dirty Chinese Communist Party money feeding you to stay silent?
How disgusting of you to turn your back against your country & your people.
Stand with Taiwan!
Stop bowing to money & the Dictatorship.
Morals over Money brother
恥を知れ、ジェレミー・リン
汚い中国共産党の金で黙り続けるにはもう十分な金をもらったんじゃないのか?
お前の母国と人々に背を向けるとは、なんとも最低なやつなんだ
台湾を支援しろ!
金と独裁にお辞儀するのはやめろ。
金よりもモラルを選べ、兄弟よ
このツイートは以前このブログでも紹介した台湾系アメリカ人の元NBA選手ジェレミー・リンに向けられたものです。リンが今中国のリーグCBAの北京ダックスでプレーしているから、このような批判をしているのでしょうが、僕がこのツイートに賛同しかねるのはリンにはリンの事情というものがあるからです。
ジェレミー・リンは実力があったにもかかわらず、アジア系への偏見が酷いリーグではずっと不遇な目にあっていて、それでも奮発してリンサニテイというバスケ界に衝撃を与えるような社会現象を起こしたものの、それでもずっとトレードの対象や契約に難航したりして、最後にはまともにプレータイムももらえずどこのNBAチームからもオファーがもらえなくなりました。
リンは自分のキャリアが終わったんじゃないかと絶望の淵に立ちましたが、敬虔なクリスチャンだったために今一度NBA選手になるために再起することを神に誓った有名な動画がありまして、それは見ていて大変心を打つものなのですが、その後リンは北京に渡って活躍をし、翌年アメリカに戻ってNBAの下部リーグであるGリーグで優秀な成績を収めたにもかかわらず、やはりどのチームからもオファーがかからずに今シーズンまた北京でプレーすることになったのです。
こうして苦労してやっとプレーする居場所を見つけたリンに、中国で収入を得ていることを批判するのは、大分お門違いな気がします。そもそも「お前の母国」と言いますが、エネスが今アメリカ人であるのと同じように、ジェレミー・リンはアメリカ人であって台湾人ではないです。
誤解ないように言っておくと、僕はエネス・カンターほど影響力がある人が声高にトルコや中国を批判することは立派だと思っています。ただ、人にはそれぞれ事情というものもあるので、それを無視して自分の主張を押し付けるのは敵を作るばかりで、あまり賢いやり方ではないなぁ、と思います。
最後にもう一つ、つい昨日のレイカーズVSセルティックスの試合で、レブロンがファウルをした後にセルティックスのベンチと言い合いになった時、エネスはトラッシュトークには参加せず、目線を送るだけでした。また、前回レイカーズがボストンで戦った際にも、レブロンはエネスと通路であったそうですが、何も言ってこなかったそうです。Twitter弁慶はちょっとカッコ悪いと思うぞ!*3