子どもが捉える世界/『哀れなるものたち』★★★

 アカデミー賞作品賞ノミネート作品『哀れなるものたち』を鑑賞。監督は『ロブスター』『女王陛下のお気に入り』のヨルゴス・ランティモス、脚本は『女王陛下のお気に入り』『クルエラ』のトニー・マクナマラ、撮影は『女王陛下のお気に入り』『マリッジ・ストーリー』のロビー・ライアン。主演はプロデューサーも務めるエマ・ストーン、共演はマーク・ラファロウィレム・デフォー、ラミー・ユセフ、ジェロッド・カーマイケルら。

 ヨルゴス・ランティモス作品といえば、とにもかくにも「奇妙さ」が売りである。世界観や設定が奇妙な作品も多いが、ランティモス作品を印象づかせるのは撮影にあると思う。特にランティモス作品は広角レンズを多用しているが、その広角レンズ好きは本作では頂点を極める。なんていったって、16mmカメラ用の焦点距離4mmレンズ(!?)を35mmカメラに取り付けている!

 

 カメラが記録するフィルムの大きさよりも小さいフォーマットのレンズを取り付けてしまうと、画面の周囲に黒いケラレが発生してしまうので、一般の撮影においては避けられる手法が、ランティモスも撮影監督のロビー・ライアンもそんなことは気にしない。何故ならそれは子供の脳を移植された女性ベラが観察する世界を表現するのに必要なことだからだ。

 

 ロビー・ライアン曰く、ランティモスはこの奇妙な世界観を適切に表現するレンズを探求するために、40~50本のレンズをテストしたという。その中で厳選されたたった4~5本のレンズで全編撮影したという。

 

 劇中画面が球体のように見えるのは先ほど説明した4mmレンズで、まるで小さな子供が見る世界のように、なるべく広く大きく物事を見せる。*1あわせて「実在しない」19世紀のビクトリア文化やファッションを表現したプロダクション・デザインや衣装が素晴らしく、まるで子供が過剰に捉えがちな世界を再現しているようだ。映画としてのビジュアル表現にいちいち眼を奪われる。

 

 また、一見風変わりに見えるストーリーも、自由意志を獲得する女性の物語として心を奪われる。女性は子供の時は過保護の親に閉じ込められ、成長すると今度は男に性的に独占され、最後には結婚により所有物と化して幽閉される。劇中ベラは三人の男に閉じ込められているが、しかし彼女は社会の規範に囚われないために、各段階の檻をぶち破るのが気持ちがいい。

 

 余談だが、本作は本年度アカデミー賞作品賞にノミネートされたが、同じくノミネートされた『バービー』が奇しくも「子どもの頭脳をした女性が外界に出ることで世界の残酷な理に気づく」という本作と同じ話になっている。しかし、『バービー』があれは良くも悪くもアメリカ的にポップで単純明快で同テーマを描いていた一方、本作は捻くれながら捉えるヨーロピアンな世界の見方をしていたと思う。

 

 ビジュアルにもストーリーにも深みや複数のレイヤーがあり、作品そのものを見るのも面白い一方で、映画を構成する一つ一つの要素を分析する楽しみまであるあたり、本作はアートとして完璧以外の言葉が見つからない。一つだけケチをつけるとするならば、こんな年間ベスト級の傑作を年の序盤に見てしまうと、今年新作を見るときの評価基準が狂ってしまうということくらいかな。

 

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*1:補足せっかく調べた他のレンズの情報も。意外な使用だったのは20世紀初頭の映写機に使われたというレンズ。劇中、人物のアップの際に背景が印象派の絵画のように美しくボケるルックを作るのに寄与しているが、同時にベラの複雑な感情を表現するのにも適している。しかし、今回ランティモスの新境地となったのは頻繁したズームだろう。カール・ツァイスの16.5-110mmやオプティモの24-290mmといったトンデモないズーム域のレンズを使い、観客にベラの意識に潜入させるような印象を与える。