映画監督はサイコな職業

 今入っている現場がヤバい。僕もこれまで色んな現場に入ってきて、ヤバいにも色んな度合いがあり、ハラスメントがキツい現場、予算がない現場、労働時間が酷い現場など様々な種類がある。その中でも今回は段取りの悪さという意味ではこれまでの作品の中で断トツでヤバい。

 

 何がここまで最悪にしているかというと、監督の即興性があまりにも高い事だ。今回がこの監督の長編デビュー作なのだけれども、毎日の撮影の急な思いつきが監督の経験不足からきているのか、はたまた創造性の高すぎるビジョンから来ているのかは分からない。ただ、そのビジョンが誰も共有できないのが問題であるのは間違いない。

 

 そうなってくると現場のスタッフにかかるストレスは尋常なものではなく、監督への悪口を聞かない日はない。士気が悪いのは誰の目に見ても明らかで、世が世なら隣国から攻め入られて数分で城は陥落していただろう。

 

 これだけ雰囲気が最悪なのに、スタッフの間で話題になっているのは監督が毎朝昨晩までのケンカがなかったかのように明るく現場にやってくる事である。例えばもし自分が監督だったとして、現場の雰囲気が悪かったら僕はそれだけで胃が持たない。『スケッチブック』でも撮影が遅くまで押してしまったらそれだけで申し訳ない気持ちになり、僕はコントを一つ中止にしたこともある。自分の自己満足の創作のせいで、他人を不幸にしたくないのだ。もっと言うと、自分のチームに嫌われるなんて生きていける自信がないのだ。

 

 が、この監督はこの撮影期間中何事もなかったかのようにケロッと登場し、またいつも通り思いつきで人を振り回す。皮肉ではなく、鋼のような精神の持ち主だと思う。ある種サイコパスでないと、映画監督なぞ出来ないのかもしれない。